「Crafted Designの未来」
アートディレクター
川上シュン×空間デザイナーが語るデザイン哲学

ノムログ編集部
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乃村工藝社グループ社員がさまざまな分野で活躍する有識者と出会い、これからの“空間”や“体験”の可能性を探る対談シリーズ[nomlog MEETS→]。

今回のテーマは「未来を担うCrafted Design(クラフティッドデザイン)とは?」。乃村工藝社グループで高級レジデンスや商業空間を得意とする空間デザイナーが、包括的なブランディングからアートディレクションを行うartless代表・川上シュンさんと対談。それぞれの領域から、これからのデザインに重要な視点について語り合います。

nomlog MEETS→
川上 シュンさん(artless Inc.代表/アーティスト|写真中央)
1977年東京都生まれ。独学でデザインとアートを学び、2001年artlessを設立。グローバルとローカルの融合的視点を軸にヴィジョンやアイデンティティ構築からデザイン、そして、建築やランドスケープまで包括的なブランディングとアートディレクションを行っている。NY ADC、ONE SHOW、D&AD、RED DOT、IF Design Award、DFA: Design for Asia Awards など、多数の国際アワードを受賞。また、グラフィックアーティストとしても作品を発表するなど、その活動は多岐にわたる。
http://www.artless.co.jp/

<対談者>
乃村工藝社 吉村 峰人(写真左)
クリエイティブ本部 第一デザインセンター デザイン5部 ルームチーフ
2007年入社、2010~2019年A.N.D.配属、2020年~デザイン部所属。
飲食・物販などの商業全般から、富裕層個人邸など多岐にわたるレジデンス設計を手掛けている。カジュアルから上質でラグジュアリーな表現までライフスタイルに関わる幅広い領域のデザインに携わる。

乃村工藝社 小川 直人(写真右)
クリエイティブ本部 第一デザインセンター デザイン5部
2019年入社、吉村ルームにて富裕層向けレジデンスを中心にウェディング施設、会員制サロン、オフィス案件に携わる。「SCRAPTURE」を筆頭にサスティナブルな活動も積極的に行う。

*撮影:川上 友
*ファシリテーター・コンテンツ企画・文:横田 智子(ノムログ編集部)
*コンテンツサポート:小椋 瑞希(ビジネスプロデュース本部)

 

横田
今回、「nomlog MEETS→」シリーズ記事で、デザインをテーマとした対談記事をつくりたいなと考えていました。そこで思い浮かんだ組み合わせが川上シュンさん、そして乃村工藝社のデザイナーとして吉村さん・小川さんでした。お話が合いそう! という直感がありまして。実は私、前職にてartlessのプロジェクトマネージャーとして働いていたご縁がありまして、ぜひこの対談を実現したいとシュンさんにご連絡した次第です。今日はよろしくお願いします。

川上さん
乃村工藝社さんとは今、いろいろなところでお仕事をご一緒させていただいているのですが、吉村さんとは初めまして、ですね。最近は、北海道のエスコンフィールドのサイン計画を担当させていただいて、そこでも乃村工藝社さんが入っていて…と他にも進行中のプロジェクトでご一緒する機会が多くなっています。

吉村
川上さん、本日はありがとうございます。お話できることを楽しみにしてきました。1階の「Parklet」が素敵なカフェだと思って、以前に来たことがあったんです。まさか川上さんがその上にいらっしゃるとは(笑)

横田
以前は中目黒のオフィスでしたが、どんなきっかけで日本橋に移られたのですか?

川上さん
大体オフィスは2,3年の周期で変えたくなるんですよ。このエリアとリノベーションしたビルが面白いなと思って。

吉村
いま東京と軽井沢の2拠点生活をされていると伺いましたが、どんな比率で生活されているのですか?

川上さん
週のうち3日は東京、週末含めた4日は軽井沢で過ごしています。

横田
2拠点生活によって、何か心身の変化はありましたか?

川上さん
だいぶ変わりました。僕は東京生まれ、東京育ちで、森の中で過ごすことってなかったんですよね。以前から「都市と自然の融合」という視点をずっと意識してきたつもりだったですが、軽井沢の本物の自然の中での生活を体験したことで、より実感することができましたね。

最近、地方のプレイス・ブランディングの仕事が増えてきています。特に地方であっても、少し都市に近い視点にポジショニングするプロジェクトにご縁がありまして、例えば、先日は山梨県富士河口湖町のワイン醸造所「7c|seven cedars winery」のブランディングをお手伝いさせていただきました。その土地の歴史や風土を大切に、葡萄栽培者・地域・農地を守るための取り組みとその価値を後世へと継いでいきたいという想いに深く共感しまして、今の生活での感覚が仕事にも活きていると感じています。あとはハイブランドのリゾートホテルや、コロナが落ち着いたことでハワイやロンドン、プラハ…など海外のお仕事が多いですね。

弊社はブランドロゴからグラフィックのデザインシステムをつくって、ウェブなどのコミュニケーションに発展させることをベースにしてきましたが、2018年ごろからサインデザインにもフォーカスするようになりました。可能な限り一気通貫したすべてのデザインを行いたい、というスタンスです。最近では自分たちが一緒に取り組みたい建築家やインテリアデザイナーをクライアントに提案することもあって、自分たちらしい仕事ができるようになってきたと感じています。

あと僕らはグローバル向けのコミュニケーションを大事にしていて、日本人だけにフォーカスしないスタイルです。2001年、23歳の時に独立したのですが、その時から「海外に通用するデザインしかしたくない」という想いがあって、実はずっと変わっていないんですよね。

近作でつながっていたご縁「R100 tokyo」

吉村
実は…偶然なんですけど、川上さんがリブランディングされたR100 tokyoの新しいシリーズの内装デザインを担当していて、昨日引き渡しがあったんです。リビタの皆さんにも今日の対談のお話をしたら「えーっ!」と驚かれていて。

川上さん
えー、そんなつながりが!
「R100 tokyo」は長い時間をかけてコンセプトをつくったプロジェクトでしたね。半年ほどのディスカッションを経たコンセプトメイキングからロゴづくり、VI開発を行って、今はようやく落ち着いたところでした。これからとても伸びるプロジェクトだと思います。ただ本当の意味でのグローバル、日本語を話さないネイティブの外国人にも響けばいいなと個人的には思っています。

吉村
私は少し乃村工藝社の中では少し特殊な立ち位置でして…これまで富裕層向けの個人邸などをやらせていただく機会が多くありまして、レジデンスと商業空間を半々で手がけるような仕事の仕方をしています。

川上さん
確かに、乃村工藝社でレジデンスのデザインをする人って聞いたことなかったです。

吉村
これまで10軒ほどのレジデンスを担当した経験から思うことがいろいろとあったので、今回の「R100 tokyo」では、リビタさんが掲げる「暮らしの豊かさ」についていろいろと率直に意見をぶつけさせていただきました。

というのも、内装設計を納めた後にお客さんからディスプレイの仕方の相談をいただくことが多く、デザイナーがつくった“余白”を使い切れていない事実に直面しまして。もっとお客さん側が気軽に「こんな色にしたいな」といった思いを呼び起こさせられるように、ちょっとした仕掛けを施すことを目指しました。“寛ぐ住宅”の豊かさがある一方で、“気持ちアップテンポになるような住宅”の在り方もちょっとずつ入れていきました。

例えば窓からの光によって見え方が変わるステンレス製の柱をつくりました。これは広島の金物工場に出向いて、何度も試作を繰り返して製作したものです。マグネットを付けることができ、家族のコミュニケーションの真ん中になるようにと、部屋の中央に据えました。柱中にはPS(パイプスペース)の機能も持たせています。

小川
「大黒柱」みたいなイメージですね。

吉村
それから最近の化粧品のボトルって可愛いものが多いですよね。普段は収納に隠してしまいますが、実は見せたいんじゃないか? という視点から、洗面の飾り棚自体もキレイな色だったら、「ここに飾りたい」という気持ちが起こるように…といった、ちょっとした遊びをいろいろと入れています。洗面台に置くグラスなども相談されたことが2回もあり、そっと置いただけでどんなグラスも絵になるように、洗面ボウルの下に曲線の1枚のトレイを敷いたようなデザインにしました。

ダイニングや寝室の飾り棚板を表面はレザー、裏面は木板と素材を変えて、棚板をひっくり返せるようにしてみる。その操作によって飾りたいものが変わるのでは?ちょっとしたことなのですが。キッチンの天板を軽やかだけど痛くないように見せるために小口部分の形状を二重の意匠にして緊張感と柔らかさを表現しています。

川上さん
そんなに大きなお金をかけずにアイディアやディテールで解決しているところがすごい。
ローコストでクオリティを上げるって一番難しいですよね。

吉村
今回のようなリブランディングのレジデンスは、再販するときに「どうあるべきか?」という視点が重要になりますし、住宅の価値ってずっと残っていく、残せるものじゃないですか。編集する余地を入れながらつくっていくことを意識していきました。その時に、川上さんがつくられたブランドブックを読むことで、改めて生活における豊かさを自分たちは今回どう定義していくかを考えるにあたり、心強い拠り所になりましたし、私たちなりに昇華させられたかなと思っています。特に川上さんのロゴのスタディスケッチ、すごく読み込みました。このページはとても好きです。

川上さん
実はあのページ、コンセプトを文章にすると書けば書くほどチープになる気がして、ロゴへの想いをスケッチしたんですよね。本当は「あのページ、見開きでいるのかな?」というご意見もあったのですが(笑)、きっとこれを見たデザイナーには届くと思っていて、吉村さんに届いていて嬉しいです。

吉村
僕はここにこそ、大事なエッセンスがあると感じました。

*吉村が担当した「R100 tokyo」デザインの詳細はこちら
吉村峰人が設計したディアホームズ三田の新コンセプトルーム

デザインにおける”Crafted”とは何か?

吉村
ブランドブックの中にある “Crafted”をどう読み取るか?について何度も思考を重ねました。一般的にディベロッパーさんの富裕層向けレジデンスは、色の遊びがないことが多いと感じるのですが、今回はワインレッドのカラーリングを採用しています。個人的には色の遊びが重要だと思っていて、例えば、カラフルな板ひとつで気持ちを高めることにつながると思うのですが、“ラグジュアリーにおいて色はもう少し抑えた方が良いのでは”と言われたこともありました。空間が出来上がり、このブランドにおいて本当に新しい世界観を表現で来ていて素晴らしい。と良い評価をいただきましたが、“色を使う=カジュアルになる”という発想から変えていかないといけない、というジレンマもありましたね。

川上さん
今回のシリーズには“ラグジュアリー”というキーワードは外せないんですよね。それ故に色を使う難しさはあったでしょうね。

吉村
こういう小さなデザイン操作を繰り返しているのですが、爪を丁寧にケアされているお客様向けにガラス引き戸の取っ手を吉村オリジナルサイズで型を作りまして。ほんの3mmずつ奥行きとワイドを足しただけなのですが、それだけで開けやすさが大きく変わったんです。これもデザインにおける“Crafted”だと思っています。

川上さん
僕もアートレス仕様の封筒の型あります!(笑) 1個のディテールにこだわりがあるだけで違う、というのがなかなか伝わらないところがありますよね。

小川
他にも先日オープンしたアニヴェルセル表参道では、結婚式場の壁面にステンレスにグラデーション塗装を施したのですが、50回くらいサンプルをつくりました。結婚式場ならではのディテールを考えたときに、映り込む自分たちが華やかさにつながる部分は反射率を上げ、カメラマンが映り込む部分は反射率をおさえて、艶をどうやって鈍くするかをいろいろと考えました。と、ディテールへのこだわりを挙げるとキリがないかもしれません。

川上さん
乃村工藝社の中でこういう視点でデザインする人って珍しいですよね。吉村さんは、マテリアルオタクですか?(笑) ファッションの仕事をする人の感覚に近いものを感じます。ご本人は楽しそうだけど、一緒についていく小川さんたちは大変そう…

吉村
今は8名ほどのチームを運営しているのですが、若い人たちにいろいろな実験についてきてもらっている感じですね。僕は当然、楽しいのですが(笑)

川上さん
そういうディテールの話は若いうちに染み込ませないと、段々ざっくりになってくるので、とても大切ですよね。

“予定不調和”が生み出す、心地よさ

吉村
僕は畳の凹凸感が大好きで、自宅を設計する際に、畳の一幅と同じような横目が出るフローリングをオリジナルでつくりまして、裸足で歩くと本当に畳のような感覚なんです。こういうことで気づいた素肌で感じる素材感の大切さはいろいろと実験しています。

川上さん
なんだか僕の文字詰めに近い話ですね。例えば、行間の1ミリ以下の違い。建築家はメートル、インテリアはセンチ・ミリ、プロダクトはミリ以下、グラフィックデザイナーはポイント、と解像度が違う。そこが面白いところでもありますよね。解像度が高ければ高いほど、最終的に身体的に触れる部分は大切ですよね。

吉村さんの足の裏の感覚の話と一緒で、畳の長さ、サイズを身体で感じられる人は少ないと思いますけど(笑)、御茶会では縁に合わせて座りますよね。そういう感覚で設計するというのも大事ですし、それが吉村さんの個性になっていると感じます。

こだわるところは、マテリアルが多そうですが、最初から絞って選ぶんですか?マテリアルの選び方って人によって違うので面白いなと思って。

吉村
それで言うと、最初はわりと広めから入って、こういう素材見つけた! こういう技術を持っている町工場と出会った! 木のこういう染め方があったんだ、使いたい! といったきっかけが多いですかね。

小川
引いて見ると同じように見えるけれど実は2色使っているとか、パッと見はミニマルだけど近づいてみるときちんと質感がある、という手法を取ることが多いかもしれません。

吉村
確かに、いまの話はどの案件でも意識していて、本物感ですとか、近景と遠景での質感や艶感の違いを出したい、というのはありますね。それがユーザーの皆さんの「また見たい、体験したい」という魅力になると思っています。

小川
質感の違いを出す、というのは森を見て、木を見て、葉っぱを見て…といった自然での体感のような、そういう差異を出していった方が面白いと思っています。

吉村
最近よく小川と“予定不調和”をちゃんとやっていこう、と話しています。「この素材が来たら、こうだよね、と一回頭をよぎる普通の組み合わせが本当に正解か?」みたいな会話をよくします。それは言い換えると、心地よい違和感をつくっていきたい、ってことなのかなと思っています。

川上さん
僕も自分のアート作品で金沢の箔一さんにプリント紙を特注しているのですが、「キレイにインクがのりすぎないように、かすれが出るように」と指示を出したりしています。それも“予定不調和”ですね。一点ものをつくる、ということでもあるので。

特にこれから、そういうことが大事になりますよね。一個一個丁寧に、可能な限り、一点ものを目指す。それが僕らはデザインにおける”Crafted”ではないかと思うんですよね。つくり方がクラフトではなかったとしても、基本は既成品ではないものが価値を持つ。

僕らも紙選びはかなりこだわっていて、写真がキレイにのるものよりもわざとインクが染み込む紙を選ぶこともありますね。モニターで見たものと一緒のものを求める方もいれば、「この紙で大丈夫ですか?」と聞かれることもありますが、細かいところでこだわるべきだと思います。

僕はファッションの人とよく仕事しますが、吉村さんの生地やマテリアルの見方がファッションっぽいですよね。ファッションの方って、生地についてずーっと楽しそうに語っているんですよね、そういう共通点を感じます(笑)

新たなCrafted Designに向けて

川上さん
吉村さん、小川さん、これからぜひお仕事をご一緒したいですね。インテリアにまつわるお仕事の依頼もありますので、今度ご相談させてください。

吉村
ご縁があればぜひお願いします! ありがとうございます。

 

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“空間と体験”を追求するチーム
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