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- 岡部 葵
いま社会の大きな課題となっている、子どもたちの放課後の過ごし方。子どもたちの預かり先の過密問題や習い事や塾などの忙しさに追われ、自由に遊ぶ時間を確保できないといった課題があります。
2023年12月には国が「こどもの居場所づくりに関する指針」を発表し、居場所づくりの具体的な取り組みとして「ふやす」「つなぐ」「みがく」「ふりかえる」の「4つの視点」を循環させることを推奨しています。
乃村工藝社は、子どもたちの放課後を豊かにすることを目標に活動している「放課後NPOアフタースクール」と共に、川崎市が事業主体の「放課後等の子ども居場所づくり推進事業」に携わりました。(実施期間・2024年7月~2025年3月)
今回「居場所づくり」の対象となったのは、川崎市内にある小学校1校とこども文化センター。2つの場所がどう変わったのか。また、変えるためにどのようなプロセスがあったのか。プロジェクトメンバーが集合し、当時を振り返りながら「子どもの居場所づくり」に対する思いを語り合う対談、後編です。
*前編はこちら
特定非営利活動法人 放課後NPOアフタースクール
安全で豊かな小学生の放課後を日本全国で実現するために活動中。学校施設を活用した放課後の居場所「アフタースクール」を運営し、これまでに21校の開校・運営等に携わりモデルを展開。また、企業や団体と連携し、全国各地で体験機会を創出。これらの事業で培ったノウハウを 日本全国に広げていくため、自治体と連携して放課後を豊かにする事業も本格的にスタートしている。
【対談者】
「放課後NPOアフタースクール」様
渡部岳さん
全国子どもの居場所支援チーム
荒井麻莉子さん
自治体・事業者協働チーム 放課後デザイナー
乃村工藝社
ビジネスプロデュース本部 第三統括部 公民連携事業開発部
中村友羽
ビジネスプロデュース本部 第三統括部 公民連携事業開発部
岡部葵
クリエイティブ本部 未来創造研究所 ソーシャルデザイン部 I&Aデザインラボ
松本麻里
クリエイティブ本部 第二デザインセンター デザイン1部 古賀ルーム
大和涼葉
文:源 祥子
写真:川上 友
準備会と実施会、小学校での反応は?
岡部
環境整備が終わった小学校とこども文化センター。それぞれの場所で「お披露目会」と「トライアル運営」を行いました。子どもたちの反応はどうでしたか。
荒井さん
小学校では「ワークショップでみんなの意見を聞いてくれていたデザイナーの大和さんたちが、場所をつくってくれました。見てみましょう!」と先に話して、子どもたちを連れていきました。ガラス張りですので、入る前から中が見えるわけです。その段階で「ええっ! 変わってる!」とみんな興奮気味で。
学校というある意味画一的な空間が、すごく柔らかでおしゃれな空間に変わっている。それを瞬時にとらえる子どもたちの姿を見て、空間のプロの方の力は素晴らしいなと感じました。こんなにも子どもたちのリアクションが変わるんだと。
小学校 特別活動教室(before)
小学校 特別活動教室(after)
岡部
トライアル運営を行う中で苦労した点はありますか。
荒井さん
苦労というより、「工夫しなきゃいけない」と気をつけた点がありました。出来上がった空間を子どもたちがどう感じたのか、なにがいいと思ったのか。ここでどんな風に過ごしたいと思うか――それらを言語化してもらわなければ、という意識を常に持っていました。それをしっかり行わないと、ワークショップから出来上がったこの空間が子供たちにとって本当に良かったのかどうか、乃村工藝社さんも、私自身も測れない、と。
まず出来上がった場所で遊んでもらう。その後で「どこが良かった? どの場所がお気に入り?」を確認するため、子どもたちに少しワークしてもらいました。これまでのグラフィックレコーディングや設計図を用いて、「好きだった場所にマルをつけてみて」と話したりもしました。デザイナーの大和さんが考えてくれた狙い通りに子供たちが動く様子を見るのは、とても面白かったですよ。
荒井さん
ひとつの部屋の中に5つほどブース分けをして、当日は子どもたちに「〇〇する部屋だよ」「こういう使い方をしてね」など細かな説明はしなかったんです。でも子どもたちは場所をパッと見て、そこにある道具や物を受け取り、狙った通りの過ごし方をしてくれた。属人的ではない、持続可能な子ども居場所づくりに必要な形を実現してくださった。実は、初めて会う子ども達の居場所を開くのに不安感もあったんですね。
渡部さん
それはありましたね。特に低学年は自分たちでまだできないことも多かったり、慣れない環境で予想できない動きをすることもあるかもしれないと思ったりもしました。
荒井さん
不安は大きかったけれど、実際はゾーニングが子どもたちにとって干渉しあわない空間になっており、大人が子どもに声をかけなくても、自然とゾーニングに合わせた過ごし方ができていました。
少ない人手の中で、初めて会う子どもたち30人を安全に見届けられるかという不安を空間の面から払拭してくださり、私たちの負担を軽減してくださったと思います。
可変可動を前提にした設計を
渡部さん
可変可動が前提の設計がありがたかったです。マットなども移動しやすかった。遊びが密集して危ないなっていう時に、サっと動かして距離をとることができたり。運営者側が環境を調整することまで考えてくださっている。実際に運営してみてそう感じられました。運営側は子どもに「それやめなさい」「こうしなさい」となりがち。でも本当は立ち止まって考えてみたいのが本音です。もちろん、危ないときに注意したり止めたりすることは大切です。でも、いったん見直して環境を調節してあげられるよう、我々ももっと学ばなきゃいけないと痛感しました。
大和
想像が及んでいないところもありました。ゴロゴロしてほしいマットの上でワイワイする子どもたちもいたと、フィードバックで知りました。本当にゴロゴロしたい子がゴロゴロできない、と。マットはどちらにも見えるんだと気づきました。
荒井さん
「ゴロゴロしたい」の中には、静かなゴロゴロもあれば、友達とじゃれあうゴロゴロもある。同じゴロゴロでもグラデーションがあるんですよね。今回、川崎市様に納品したハンドブックで、そのあたりの感覚的な部分をデザイナーの大和さんが見事に可視化してくださった。デザインとして誰が見てもわかる形に落としてあり、我々にとっては財産です。
こども文化センターでの反応は?
岡部
こども文化センターの方はどうだったでしょう。
こども文化センター(before)
こども文化センター(after)
荒井さん
いろんな学校、地域の子どもたちが集まっていました。年代も小学校5年生から高校生までと幅広く、おそらく顔見知りじゃない子の方が多い空間だったんですね。
思春期真っ盛りの子どもたちですから、恥ずかしいからと入ってくれない子もいました。こちらが呼んで入ってきても、とりあえず座ってきょろきょろしている。そんな子どもたちでも、数日後には自分の友達を連れてきてくれるということがありました。
岡部
居心地のいい場所に変わったということですね。
荒井さん
知らない子同士が、おしゃべりをして友達が増えていく。その過程が見られたのが良かったなと思っています。空間の中に高さの違う家具や種類の違う家具があるだけで、それぞれの個別の空間になるのも素晴らしかった。区分けしたり、別の部屋をつくらなくても、家具やカーペットの色が変わるだけで、自分たちのパーソナルスペースのようになる。それが目に見えてわかると、子どもたちは安心なんですよね。学びになりました。
渡部さん
小学校とこども文化センター、共通していた課題は、集団性と個別性を一つの場の中でどう共存させるかというところです。無理にカタチを決めたり、住み分けたりする必要はないのですが、両方の声を聴き続けることはとても大事。例えばカームダウンスペースみたいなものがあるとする。その中で静かに過ごしたい子と、友達と入ると秘密基地みたいに思えてワイワイ盛り上がっちゃう子。どちらも否定することなく受け止めて、どうすり合わせていけるのか。そこは運営者が見極めていくべきなんですよね。すり合わせをルールにして仕切らずに、粘り強く、どう向き合っていくかは今後の課題です。
岡部
施設関係者の方々からフィードバックはありましたか。
荒井さん
こども文化センターの館長さんからは「ここに来ていた子たちが喜んでくれたのは、もちろん嬉しい。それ以上に、この場所に来たいと思っていても何らかの理由で来られなかった子どもたちが、新しい空間ができたことで来てくれるようになったり、『本当は外に出ていきたい、誰かとつながりたい、居場所が欲しい』など不登校の子を含め、そんな風に思っていた子にも届いたことが嬉しい」と言われたことが心に残っています。
松本
我々にとっても嬉しいお言葉です。
渡部さん
学校側の協力もスムーズでしたが、それはやはり乃村工藝社さんの提案力があったからこそ。大和さんが、単に図面を起こしたような資料ではなく、見やすくて意図がきちんと伝わる資料を作成してくださった。校長先生、学校の管理職の先生方が資料を見ながら「わぁ、こんなに素敵になるなんてどうしよう」とワクワクしてくださったんです。あの資料があったからこそ、学校関係者の方々も前向きに進めてくださったと思います。
中村
私たちも理解がある学校関係者の方とご一緒できて、とてもありがたかったです。乃村工藝社は常設のオーダーを受けることには慣れています。でも「何時から何時まで使うが、その後は完全撤収」という、今回のような時間に応じて使い方を変える空間をつくることに最初は戸惑いが少しありました。でも、いろいろな人が使う学校という場所を、使いやすい空間にしていく。そのためには、どうするべきか――。可変可動であり、ほかの時間帯に支障のないようなデザインが求められるということがわかり、とても勉強になりました。
荒井さん
乃村工藝社さんがつくってくださった空間は、どちらも片付けもしやすかったんですよ。
元通りにしまえるか、はみ出さないか、細部まで配慮してデザインしてもらっている。実際に使用してそれがわかりました。
「空間と環境」の重要性
岡部
最後に、今後皆さんが取り組んでいきたいことがあれば、教えてください。
渡部さん
学童や地域の公共施設、学校教室の活用。余剰空間を使っての居場所づくり。進める際に、どうしても「人」に意識がいきがちになります。もちろんマンパワーは必要です。でもこれまで我々も含め、一緒にお仕事している方々との勉強会や打ち合わせの中で、「空間と環境の要素」の話はあまり出てこなかった。我々は今回経験・実証できたことで学びになりましたし、この経験を全国に広めていきたい。放課後を考える人が「空間と環境」にも目が向くように広く共有していきたいです。「空間と環境」の重要性を知っていることで、子どものサポートで行き詰まったときに別の視点が持てる、と今回実感しました。
荒井さん
現場にいる子どもの見守りが上手な方がいなくなってしまうと、安心安全な場を保つために、子どもたちのやりたいことよりも、少し保守的な対応に変わってしまうことがあるんです。楽しそうに通っていた子どもがパタっと来なくなったり……。属人的なやり方では子どもたちにいい場所は提供できないし、持続可能ではないんですよね。私も見よう見まねで空間や環境から居場所をつくることにトライしていましたが、専門ではないので……。そんな中、今回のプロジェクトに参加でき、気づきと学びがたくさんありました。同じように悩んでいる放課後現場の方は全国にいらっしゃると思います。だからこそ「空間と環境」の重要性を今後広めていきたいです。
放課後の子どもの安心は、親の安心につながる
岡部
クリエイティブの視点で、子どもの居場所に対して取り組みたいことがあれば教えてください。
松本
「デザイナーがつくる空間を本当に必要な人に届いているか」と、常に課題感を持っています。子どもの放課後の居場所をつくるのならば、誰もが安心できる居場所として、「学校は行けないけど、あの場所には行ける」、いわば気持ちのセーフティーネットのような安心感を持ってもらえる空間をつくり、届けたいと考えています。自分の居場所を自分で選べる場所、安心感や許容のある今回のような居場所がもっと増えれば、「学校には行けないけど、放課後の場には行ける」という子どもたちにとって、社会との接点の場になればと思います。放課後は子どもたちにとっては大事な時間。だからこそ私たちも居心地のいい場所をつくるチャレンジはずっとしていきたい。もちろんそれは、放課後NPOさんのような運営側の方と一緒だからこそ、なしえることだと思っています。
大和
関係者への丁寧なヒアリングや、子どもたちとも丁寧に会話をしてくださるような運営者の方にいろいろと教えていただけるのはありがたいことです。今回、「全国どんな場所の放課後づくりでも対応できるようなデザインで」と進めてはいましたが、地域性や時代によって微妙に異なってくることはたくさんあるかもしれません。慢心せず、今後もその地域に住む子どもたちの声をきちんと聴いて、常に新たな気持ちでデザインしていきたいです。
中村
授業で過ごす学校の時間と、放課後の時間。比較してみると、小学生はほぼイコールなんですよね。授業中の過ごしやすさには多く焦点が当てられますが、放課後の過ごしやすさはまだそこまで注目されていないように思います。放課後に子どもが過ごす場所といえば、どうしても大人が管理しやすいようにつくられる傾向がある。子どもたちのやりたいことや過ごしやすさが実現できているかというと、まだ難しいのではないでしょうか。今回は、実際に場所を使う子どもの声もたくさん聞けましたし、運営サイドの方々の意見もしっかりとヒアリングして、設計していくことができました。このプロセスは、今後も私たちの設計の流れにどんどん取り入れていくべきだと考えています。
松本
放課後の子どもたちが安心して過ごすことが、親の安心につながりますね。
荒井さん
本当に。子どもの居場所づくりは、巡り巡って大人のためになる。そう考えます。
岡部
乃村工藝社もこれからますます「子どもの居場所づくり」に注力していきたいと考えています。皆さま、本日はありがとうございました。
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