空間×ホスピタリティ ゲストを包み込む”空間の気遣い”

ノムログ編集部
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2021年10月にオープンした「ザ ロイヤルパーク キャンバス 札幌大通公園」。乃村工藝社はホテルの企画・内装デザインの設計施工を行いました。ホテルのコンセプトである「北海道を体感する」を基に、デザインの細部に渡るディレクション、アートキュレーションなどを担当した杉本(写真左)が、「空間におけるホスピタリティ」に込めた想いとは?
プランナーとして自身も複数のホテルの企画を経験する畑江(写真右)が現地を訪れ、ホテルでの体験価値について対話します。

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畑江
私は以前、こちらのホテルに泊まったのですが、冬だったので寒い外から帰ってきて「ただいま!」とお家に帰ってきたような感覚があって、心が温まった印象が強く残っています。そして客室に入った瞬間に、わっと「木」を感じました。お部屋づくりの中で一番大切にしたことは何ですか?


ギャラリーフロア スーペリアダブル パークビューの客室

杉本
架空のペルソナを立てて「素敵なセンスのある北海道の方の自宅を訪ねて泊まっている」状況をイメージしました。選ばれた家具、レコード、アート、植栽まで置かれていて、ホストから招かれていて、程よくくつろげる感覚を大切にしました。何となく落ち着くんだけど、少しワクワクもするような…

どこかに泊まりに行くと、お出かけして食事して…とホテルに滞在する時間って、意外と短いんですよね。そんな短い時間も「つかの間の自宅」と感じてもらえるような空気感を意識しました。非日常的で格好よくて緊張感がある空間よりも、札幌ってどこかエキゾチックな香りのする街だな、と感じていたので、そんな異なる土地の日常、そして旅先でも自宅でくつろいでいる感覚をゲストの方々に感じていただきたいと思いました。

畑江
なるほど!私も出張先でいろいろなホテルに泊まるんですが、このくつろぎ感はどこから来るのかな?と思っていたんですよ。

杉本
デザインをする上でのキーワードは「おおらかさと繊細さ」としています。例えば、家具のディテールの考え方は「おおらかさ」で、華奢なものではなく、たっぷりと余裕のあるもので高さも低く抑えられています。ブックスタンドに用いたレザーや照明のポールは「繊細さ」を意識されたものです。木の温もりに合わせて、色遣いや質感はピカピカせず、気持ちが落ち着くようなものが選ばれています。ゲストが手を触れるところは特に注意深くデザインされています。


照明のポールは「繊細さ」を表現

畑江
ぱっと入ったときに、この落ち着く感じは何だろう?と思っていたのですが、こだわりのポイントを聞いてじわじわ分かってくるのが面白いですね。プラン(部屋の間取り)も一般的なビジネスホテルとあまり変わらないのに、こだわりのディテールが効いていると思いました。

杉本
小さいからこそ生まれる心地よさ、というのは客室をデザインした社内のデザイナーと一緒に大切にしたところです。贅沢なポイントを窓からの景色とデイベッドに置いて、まわりはディテールの集積で強いインパクトになるといいな、という想いはありました。

畑江
デイベッドは奥行きが深くてくつろげますよね。お部屋での体験価値を上げていると思います。


パークビューの客室からは大通公園やテレビ塔が見える。取材時はテレビ塔の鮮やかなイルミネーションが。

杉本
本当の意味で“くつろげるとは?”を考えたときに、外出を前提とした宿泊体験の中では、チェックインのちょっとした時間や寝る前の数時間しかないんですよね。そんな短い時間で記憶に残る体験として考えたのは、ベッドで寝転ぶまではいかないけれど、足を伸ばしてゆっくりできたり、レコードを聴いて少しでも落ち着ける時間を持てたり。自分自身のくつろぎ方が根底にあるんですけど(笑)

デイベッドは、客室に入った時に絵になるワンシーンをつくりたいなというところからの発想で出てきたアイデアで、全体の吸引力になっています。エキストラベッドにもなるので、例えばお子さんと泊まる時にも活用できます。

畑江
こういう木のコップも手触りが優しくて持ちやすくていいな、と思いました。コンセントも木の素材でフックに吊ってある感じもおうち感がありますよね。

畑江
ブックスタンドにも何か書いてある…

杉本
これも建築をつくるときに出た端材を使い切りたい、というホテル側の想いからCLTという材料を活用しています。この小さな文字の言葉も僕が考えました(笑)さりげなく伝わるといいなと思っています。

畑江
文字と言えば、これは?カーペットのことですか?

杉本
オリジナルで製作したカーペットを指していて、札幌の景観色を使って「カッコウ」を、模様で木漏れ日を表現しています。ホテル側から、デザイナーの考え、それに基づいて選んだものを忘れられないように、記憶に残るように、という想いから生まれたものです。

畑江
手書きの文字が温もりを感じますね。テレビが無く、レコードが置いてある佇まいのお部屋、私は初めての体験でしたが、とても快適でした。まさに外出前の30分や寝る前のクールダウンにレコード1枚聴くだけで落ち着くことができて…新鮮でした。スピーカーも変わったデザインですね。


中央に写る木の板状のものがスピーカー

杉本
スピーカーも国産材を使ってオリジナルでつくられたものなんですよ。ホテル側が職人さんに依頼して既製品ではなく「木のホテル」ならではの体験として特注されたものです。高音質というよりも音から木を感じるという体験や素朴な響きが魅力で、機構もとてもシンプルにできています。

レコードは、札幌はジャズが盛んな街なので、ゲストにもそれを感じてもらいたいと思って、地元のレコード屋さんがホテルのコンセプトに合わせて選んだものです。各部屋に1枚と2階のラウンジにはジャズ以外のジャンルも置いていて、好きなものをレンタルできるようになっています。

畑江
コンセプトブックからもホテルの想いが伝わってきますよね。ここにも書いてありますが、アートがお部屋に置かれていて、持ち帰ることができるポストカードが嬉しかった!


ホテルのコンセプトや想いが書かれたブック

杉本
アートは北海道にゆかりのある4人の写真家の方々にお願いしました。「北海道の観光地ではない、写真家の方々が肌で感じた北海道の美しさ、遠くに連れて行ってくれるような1枚」をテーマに選んだ作品です。写真家の方々は私たちチームで探して、instagramや雑誌などを参考に、おひとりおひとりにアプローチしていきました。半年の制作期間があったので、撮り下ろしてくださった方もいます。皆さん素晴らしい作品をつくってくださって。ギャラリーフロアでは、ひとつの作品を壁に額装して飾り、同じものがポストカードにもなっています。


ブックスタンドの右端にあるのが同じアートのポストカード

畑江
杉本さん、会社で実寸大でプリントして確かめていましたよね。写真家の皆さんの作品は、同じ空気感を持っている印象があります。本当に「旅の思い出を持って帰れる」って嬉しいです!

杉本
滞在が終わった後にも思い出せるきっかけになると嬉しいです。ちょっと昔はホテルに泊まると誰かに手紙を書いてみようかな…というシーンもあったと思います。そんなアナログなコミュニケーションが復活してもいいのかなって。

あとこれらのアートは購入できるんですよ。ホテルという空間を通じて関わる方や地域の小さな経済に貢献したいなという思いもあって。また、よく海外では気軽にアートを買う人も多くいますが日本にもそういう文化が根付いてくれたら、という想いもありました。2階のラウンジに置かれた植栽や家具も気に入ったらすべて購入できるんですよ。

畑江
ポストカードを持ち帰ることで家に帰ってからも「ホテルに丁寧に迎えられたな」と思い出しますし、旅の思い出に直結するホテルって大事だなと思います。

 

杉本
では、ここから2階のラウンジも案内しますね。

デザイン面では木陰のもとに皆が集っているイメージを持って、ひとつの大きな屋根の下にいるように感じられる空間が特徴です。

畑江
目の前の大通公園とひとつながりになっているようで、まるで公園の中にいるみたい…!

杉本
外部の環境を取り込むこともデザインの大きなポイントです。開口面のテーブルは反射する素材を用いることで、公園の緑の景色が映し鏡のように室内に入ってくるようになっています。大きなスケールの空間には大ぶりの植栽と暖炉で北海道らしさが表現されています。木の枝の照明は先に水滴がついた状態をイメージしてデザイナーがオリジナルでつくったものです。


天井の中央に吊られているのが、オリジナルで製作した木の枝の照明

ラウンジのカウンターは自由に仕事ができるようなスペースになっています。ふらっと立ち寄っても受け入れられる雰囲気があるので、地域の方にも利用してもらえると嬉しいですね

畑江
共用部にこういうスペースがあると仕事で出張する人にとっても安心ですね。

それでは最後に、このホテルを通じて杉本さんが考える「ホスピタリティ」について教えてください。

杉本
その瞬間、瞬間の、人に対する気遣い、ではないかと思います。それが私たちの手がける範囲で言うと「空間の気遣い」となるのでしょうね。ゲストにとっての居心地の良さを自分の体験を通じて深堀りしながら、その地域らしさを織り交ぜ構築していく。空間というのは人の周りを包み込むもの、という見方もできますね。どのような気遣いをもってゲストを包み込んでいくのか、それが空間デザインにおけるホスピタリティだと思います。

このホテルは地産地消ということをとても大事にしていますが、格好いい、安い、という基準だけではない、ホテルを選ぶ基準があるといいなと思っています。ホテルは単に寝て終わるものではなく、地域とのつながりが持てるような、ゲストと地域双方にとっての「玄関口」になると素敵ですよね。

フォトギャラリー


ホテルのコンセプト「木と陰」を象徴するルームナンバー


ルーフトップではテーブルや椅子を必要な分、外に持ち出すシステム。夏はさまざまなイベントが開かれる。


1階レストラン。大通公園の景観と白樺の前で北海道の食材を贅沢に味わう朝食。(取材:2022年11月)


1階のエントランスホールから2階ラウンジに向かう階段は「誰もが上りたくなる階段」を目指して考えたデザイン

 

杉本 たく

2018年に入社後、地域コミュニティ施設、ARTBAYTOKYO等のまちづくりのプロジェクト、ライフスタイルホテル等の企画や大規模再開発の基本構想業務に携わる。今後はアジアの国々での地域づくりのプロジェクトに関わるべく模索中。
nomlog article|アートによるまちづくりのグランドデザイン

 

畑江 輝

2018年入社。一級建築士。
大学・大学院では、建築学 意匠設計を専攻し、趣味で演劇 舞台美術のデザイン/設計/制作を経験。入社後は、ホテル・専門店・図書館 などを中心とした企画業務に携わる。創り手の一方的な想いのみではなく、使い手の想いも丁寧に汲み取りながら、細部まで両者の想いを紡ぎ続ける空間創りを目指す。
nomlog article|演劇と、その空間 | “演劇”による地域活性

 

【企画・編集担当:ノムログ編集部 横田 智子

 

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“空間と体験”を追求するチーム
プロの目線で“空間と体験”の可能性を切り取ります

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