空間×ホスピタリティ 本物に触れ、時間を愛でる体験を

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2022年7月にオープンした「THE HOTEL HIGASHIYAMA by Kyoto Tokyu Hotel」は乃村工藝社がホテルの企画・内装デザインの設計施工を担当しました。「京都の文化体験」を切り口としたゲストルームの様々なツールの細部に渡るディレクション・キュレーションを担当した畑江(写真右)が、「空間におけるホスピタリティ」に込めた想いとは?

プランナーとして自身も複数のホテルの企画を経験する杉本(写真左)が現地を訪れ、ホテルのホスピタリティについて対話します。

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―スイートルーム「higashiyama」を訪れて-

畑江
スイートルームは全4室あるのですが、「4つの客室に4人のオーナーがいたら?」というストーリーを元に架空のオーナーを立て、それぞれの個性を最大限に表現するアイテム選定とデザインを行っています。

ここは「陶芸家」のお部屋で、「珈琲が好き」という設定です。それを感じる“キーアイテム”として陶芸用のエプロン、陶器の珈琲ドリッパーやマグカップなどを置いています。架空で設定したオーナーのイメージに近い中里花子さんという陶芸家の方の作品を中心に、生活雑貨を取り扱う工藝品店・雨晴さんに協力いただきスタイリングを行いました。
他のお部屋は、紅茶や抹茶など、また別のオーナーの趣味嗜好に合わせたそれぞれのスタイリングとなっていて、4室それぞれに物語を堪能できるようになっています。

杉本
本当に良い作品を創られる作家の方々ばかりですね。

畑江
そうなんです。引き出しの中の食器類も作家の作品を中心にひとつひとつ選んでいて、この部屋ではオーナーのパーソナリティを反映した藍色をベースの色味にしています。また、4つの客室ではほとんど異なるアイテムで構成していますが、引き出しの中までぴったりと美しく納めたいという思いから、アイテムひとつひとつの種類とサイズをリストアップし、デザイナーに緻密に設計してもらいました。

こちらの壁面に埋め込まれているものは、京都の川に実際に落ちていた陶器の欠片をデザイナーが拾い集めてアップサイクルしたものです。このあたりは、かつて陶器がつくられている地域でもあったのですが、そんな歴史も彷彿とさせてくれます。

杉本
実際に京都の地で日常的に親しまれていた陶器の欠片を埋め込むというのは、面白いアイディアですね。

畑江
デザイナーのアイディアと現場での努力があって実現にいたりましたが、オーナーの趣味嗜好とこの土地ならではのアイデンティティが結びついた空間デザインになっているかと思います。

-スタンダードルームを訪れて-

杉本
これがゲストにも評判の茶箱ですね。

畑江
客室には、宝瓶(ほうひん)*でいただくお茶と季節の菓子が納められた「重箱型の茶箱」を設えています。「客室内のどこへでも持ち運んでお茶を楽しんでもらえるように」という想いで持ち手を付け、重箱自体の素材も桐を用いることで軽量化を図りました。竹・木工製品を独自の職人技でつくられている京都の老舗・高野竹工さんとのコラボレーションによって実現した、完全特注のこだわりぬいた茶箱です。(茶箱設計:弊社デザイナー數坂)

*宝瓶:取っ手の付いていない急須で、日本茶の味や香りを引き出すのに最適な茶器。日本茶はおよそ50度から70度の低温で淹れるため、宝瓶から伝わるお茶のじんわりとした温かみも感じることができる。

杉本
どうしてお茶にしようと思ったのですか?

畑江
このホテルでは、この土地ならではの「文化」を大切なキーワードとしています。京都の日常的な文化を楽しめるもののひとつとして、「本物の美味しいお茶を、本物の茶器*で堪能して欲しい」という想いがありました。お茶を美味しくいただくためには温度や時間が大きく影響するので、実際に時間を測って淹れられるように、砂時計も茶箱と合わせてオリジナルでつくっています。
(*茶器|<宝瓶・湯呑>寺内信二さん作、<茶こぼし>竹俣勇壱さん作)

杉本
お茶の淹れ方が書いてあるんですね。

畑江
こういった丁寧な淹れ方を体験したことのない若い方も多いと思うので、ホテルに着いてひと息ついたタイミングでガイドに沿って楽しんでもらえたら、と思っています。

杉本
お茶を淹れてみようかな。

畑江
ぜひぜひ!

杉本
(電気ポットが)すごい!温度を設定して沸かせるようになってる!80℃かな…?

(お湯が沸くのを待っている間に)
このルームシューズ、めちゃくちゃ好きです。自宅でも使ってる!

畑江
底が肉厚でいいですよね。

杉本
よくある布のルームシューズは使い捨てになってしまうけど、特に海外からのゲストは環境に対する意識もとても高いので、その面はもちろんのこと、ちゃんと何回も使えて、素足でも木を感じられると全然くつろぎ感が違いますよね。布のルームシューズに加えて、このルームシューズも置いたのはなぜ?

畑江
ホテル内にプライベートスパがあるのですが、自前の靴ではなく館内を自由に歩けるシューズを設えることで、ホテル内のどこのエリアでもリラックスして過ごしてもらえるようにしました。ゲストがルームシューズで歩いてもホテルとしての品質を崩さないようなデザインのものを選定しています。そして杉本さんの言う通り、環境面への配慮としても、衛生面でのメンテナンスをしながら、ずっと使い続けられるアイテムでもありますね。

杉本
お茶は煎茶とかぶせ茶、どっちにしようかな?
このティーバッグ、可愛くてお土産にもいいですよね。2つあるから、飲み切れなかったら持って帰れるところが嬉しい。

畑江
茶葉はパブリックスペースのTea & Barと同じ祇園辻利のものです。本格的なお茶をいただくのにぴったりな宝瓶で煎れるお茶を是非召し上がってください!

杉本
(お茶を一口)
温度、ちょうどいい…

畑江
お部屋の中では「籠る時間を愉しめること」に重きを置いて、こういう風に「お茶や香りを愉しんでもらいたい」と思っています。デラックスルームには「香り独楽」という木製の独楽(コマ)にアロマオイルを垂らして回すと香りがふわっと広がる、オリジナルの文化的なアイテムも入れていたり。

また、ルームキーケースは栞のカタチにして、「客室でゆったりと過ごし、籠る時間も愉しんでほしい」というメッセージを込めています。ここでの滞在を通じて“時間を愛でる”体験を大切にしてほしいと思っています。

その他にも、清掃の希望などを伝える客室サインを本物の竹でつくっていたり、ゲストの手に触れるアイテムにはできる限りこだわりぬいた素材を用いるようにしています。

杉本
歴史を感じる素材があるってとても良いですね。

畑江
客室内のアイテムを選定するにあたり、あえて緩急つけるように、スピーカーやケトルなどの電化製品は黒いもので存在感を陰に潜め、こういう文化的なアイテムにフォーカスを当てるよう意識しました。
泊まった方から、客室でお茶を淹れる体験を高く評価いただいています。

杉本
(最後の一滴まで淹れる)
細部にこだわるって、「最後の一滴まで」ということですよね。

畑江
またこのホテルに来ようと思うキッカケって、こういう小さなことから与えられるものが案外大きいかもしれないな、と思っています。

杉本
「あのお茶が美味しかった」「置いてあった茶箱が素敵だった」といった小さいことが、大きな思い出になることもありますよね。

茶器をつくられた作家さん(寺内さん・竹俣さん)のストーリーも読みたいな、と思いますね。ここを選んで泊まる方々は、きっとものや場所の歴史や文化に対する興味や関心が高いので、個々のストーリーがあっても押し付けがましくない気がします。「小学校の跡地」という背景も「学び」につながりますよね。ひとつひとつのこだわりの解説があると、より楽しめる感じがします。

畑江
ちょうど東急さんと作家さんや茶器のバックストーリーを導入するお話をしていました。
ここ岡崎エリアはロームシアター京都や京セラ美術館などの文化施設が多く、文化に興味がある人たちをターゲットにしているので、そういう方にも楽しんでもらいたいです。

杉本
ホテルは通常、ホスピタリティの観点で「ゲストにゆっくりしてもらう」というのが基本ですが、能動的な働きかけがあるホテルがあってもいいのでは、と思ったりします。
厚みある歴史や文化が普段の暮らしの延長上に広がっているところが京都の面白さのひとつなので、そのような街の在り方がこの空間内にも落とし込まれ、ゲストが学べるような解説があってもよいのではと思いました。スイートルームでは、特にひとつひとつのこだわりがよく見えたので。

畑江
それから全客室に、違う書籍を入れています。表紙のビジュアルも一冊ずつ確認して、ホテルに見合ったものかどうかディレクションしました。

杉本
ボウイが過ごした京都の写真集*!いいセレクト!面白いですね。
(しばらく読書を楽しむ)
3冊も置いてあるって贅沢です。
*『時間~TIME BOWIE×KYOTO×SUKITA – 鋤田正義が撮るデヴィッド・ボウイと京都 -』

畑江
「客室によっての本との出合いを楽しんでもらえたら」という想いで 青山ブックセンターの方にホテルコンセプトにあった書籍を一つ一つセレクトしていただきました。
旅慣れた杉本さんみたいな人が、こうしてゆっくり楽しんでくれているのが嬉しい!

杉本
京都に来るとホテルに泊まること自体に、こだわる人が多いと思います。外から帰ってきてから、こういう風に土地の文化とつながっているような体験ってすごく面白いと思う。
居心地の良さというのもあるけれど、街の文化的キャラクターをホテルでも体験ができることは豊かだと思います。

畑江
このホテルはあくまで「陰(かげ)」の部分に潜みながら、街やゲストに「光」を当て、京都の人たちが日常的に親しんでいるお茶のような“本物”に触れるようなところを大切にしようと、このプロジェクトの全体プランニングを担当していた宮崎さん(弊社プランナー)の想いを引き継ぎながらアイテムや体験の検討をしていました。
実際にそこに人がいなくても、空間やアイテムを通しておもてなしを感じ、心がほっと温まるような体験を提供できたらなと。

杉本
(長い取組みだったと聞いていますが)このプロジェクトに取り組んで、一番楽しかったことは?

畑江
実際に来てくれたゲストがこんな風に感じてくれたらいいな、と思いを巡らせながら、ゲストの手に触れる細やかなところまで創り上げていくのが楽しかったです。私自身、ホテルが好きなので、ユーザーの目線と企画者としての目線、どちらも行き来しながら両方を楽しむことができました。

(最後に中庭へ:当日は中庭に隣接したギャラリースペースに行燈が飾られていた)

杉本
このギャラリーは「ここならではの文化」を強く感じる場所でとても良いですね。
もともと小学校だった背景も活きていて、これまで大事にしてきた土地の記憶や子どもたちの活動や地域のお祭りなど、その面影を感じることができます。
このホテルを訪れるそれぞれの人が京都という街の文化や歴史に自らの体験や思いを重ね、それがこの場所に記憶として蓄積され、また戻っていくと更新されていく。そのような街とゲストが親密になり、街、ホテル、ゲスト各々がここで過ごす時間を通し成熟していくようなホテルだと思いました。また戻って来るのがとても楽しみです。

畑江
ホテルで過ごす時間を通して、その土地の魅力に気付いたり、旅の記憶が特別なものになったり、ゲストにとっても地域にとってもプラスをもたらす繋ぎ目の存在として、これからも永く愛され続けるホテルになってほしいなと思います。
空間の創り手として、地域やゲストとの接点となる部分には細部まで、心がほっと温まるような気遣いを丁寧に込めていきたいですね。

杉本 たく

2018年に入社後、地域コミュニティ施設、ARTBAYTOKYO等のまちづくりのプロジェクト、ライフスタイルホテル等の企画や大規模再開発の基本構想業務に携わる。今後はアジアの国々での地域づくりのプロジェクトに関わるべく模索中。
nomlog article|アートによるまちづくりのグランドデザイン

畑江 輝

2018年入社。一級建築士。
大学・大学院では、建築学 意匠設計を専攻し、趣味で演劇 舞台美術のデザイン/設計/制作を経験。入社後は、ホテル・専門店・図書館 などを中心とした企画業務に携わる。創り手の一方的な想いのみではなく、使い手の想いも丁寧に汲み取りながら、細部まで両者の想いを紡ぎ続ける空間創りを目指す。
nomlog article|演劇と、その空間 | “演劇”による地域活性

 

企画・編集担当:ノムログ編集部 横田 智子

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