STAMP

D2Cブランドが見据える、これからの顧客関係性と実店舗の価値とは(後編)

阿部 鷹仁
阿部 鷹仁
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阿部 鷹仁

本稿は「空間ビジネスのこれから」をテーマに、先駆者や挑戦者へのインタビューや自らによるアイデアの発信を通じて、これからの空間の価値を再定義するとともに空間ビジネスの可能性を考えていく企画です。

インタビュー第2弾となる今回は、日本を代表するD2C企業FABRIC TOKYO様の、新規事業『STAMP』をクローズアップ。前編では、FABRIC TOKYO新規事業企画室の竹内智代さんに、事業立ち上げの背景やオンラインオフラインを横断したD2Cならではのサービス展開について話を伺いました。(前編はこちら

後編では、FABRIC TOKYO広報担当の高橋さんも交えて、これまでの事業展開や経験、今後の課題を伺いながら、D2Cブランドが見据える空間の価値や役割を深堀りしていきたいと思います。

D2Cブランドの特徴
D2Cブランドの主な特徴は、製品を消費者にダイレクトに販売する点で。電子商取引モールや仲介者を通さずに商品を提供することにより、販売手数料や配送コスト、注文処理や返品処理に関わる費用を、適切な工夫を施すことで最低限に抑えることが可能になります。そのサービスの特徴からコロナ禍以降ますます注目されるようになってきています。

竹内 智代さん / 株式会社FABRIC TOKYO 新規事業企画室

竹内 智代さん / 株式会社FABRIC TOKYO 新規事業企画室
2018年、株式会社FABRIC TOKYO入社。前職アパレル業での経験を活かし、FABRIC TOKYOでの生産・オペレーション部門で手腕を発揮。2019年から新規事業企画室へ異動。STAMP事業の立ち上げから今日に至るサービスアップデートまで、その中心的役割を担う。

D2Cブランドならではの開発アプローチ
ユーザーデータを活用した新しい製品開発

ExB
これまでに蓄積されてきたユーザーの採寸データや、その集団母数であるビッグデータを活用した、新しい製品開発の動きなどはあるのでしょうか?

竹内
現在FABRIC TOKYOでは、10万人近くの顧客データを蓄積・管理しています。採寸データといった定量的なものもあれば、ユーザー様からいただいたご要望や、趣味嗜好といった定性的なものもあります。10万人規模のデータから体型特徴の平均値を算出することができ、それはSTAMPにおけるジーンズのパターン設計にも応用されています。

高橋
FABRIC TOKYOのケースで言うと、夏に新しい商品ラインとして展開した「ポロシャツ」のオーダーメイドサービスが当てはまるかと思います。

「ポロシャツ」のオーダーメイドサービスのイメージ画像

夏のビジネスウェアとしてのニーズが高いポロシャツですが、ちょうど良いサイズ感がなかったり、素材感がカジュアルすぎてビジネスシーンに合わなかったり、ロゴが大きいと職場で使いづらかったりと、色々な困りごとが潜んでいました。そんな声に対して、あれこれ悩まずとも「イイ感じ」にフィットするポロシャツをお届けことが可能になりました。

オーダーメイドサービスの説明画像

STAMPの場合は、採寸データは機械計測による3Dデータとなります。頭からつま先までの全身の3Dデータがあるということは、それだけ情報量の多いデータを活用できるということです。
ラインナップ展開で言えば、当初ジーンズは1パターンのシルエットしかなかったのですが、ユーザー様からのご要望をもとに、蓄積されたサイズデータを活用して新たなシルエットを構築したり、スーツユーザーにはフォーマルに最適なポロシャツを開発したりしてきました。昨年スタートした「STAMP_dev」では、Slackを活用したユーザー様参加型で実際に新しい製品開発を行うことにもトライを始めています。

ExB
ユーザーデータを活用することで製品カテゴリーを拡大していく。ユーザーと並走するD2Cならではの開発アプローチですね。

パーソナルデータがもたらす課題と可能性

ExB
実店舗でスキャンをした際に印象深かったのは、計測データが数字として無機質に出てくるのではなく、自身の身体が3Dデータ化されて有機的に表示されたことでした。しかも、ぐりぐり操作して前からも後ろからも360度で見ることができる。あの瞬間、かつては割と自信をもっていた身体が想像以上にだらしなくなってきている実態に愕然とするとともに(笑)、この身体にフィットするジーンズがこの先に待っているのかぁと、不思議な高揚感を感じ得ました。

身体の3Dデータ画像

高橋
そうですよね(笑)。これはFABRIC TOKYOにも共通したことなのですが、STAMPのスキャンボックスを体験された方のその後の行動は、大きく3パターンに分かれます。

1つ目は、自然にオーダーへと進んでいただける方、
2つ目は、「なるほど、こういうものか」とスキャン体験だけで終わられる方、
3つ目は、自身の体型データに直面し「また今度、痩せたらオーダーしよう…」と消極的になられてしまう方。

特に3つ目は、サービスへの評価というよりも自身の身体への問題意識という別のベクトルの問題が生じてしまっているため、こちらに振れてしまわないようなコミュニケーションを行っていくことが重要だと考えています。

竹内
この現象は一部の新規ユーザー様にみられるものです。オーダーウェアはサービス設計を誤ると、今つくることで現在の不満足な体型を継続させてしまうという、ネガティブな感情を芽生えさせる可能性があります。これはユーザー様の半歩先の未来に寄り添っていく上では互いに望ましくない関係性であり、今後改善していかなければならない課題だと認識しています。

3Dスキャナ前での会話画像

一方で、既にSTAMPを利用されているユーザー様が、再度スキャンボックスを利用されて体型の変化を認識いただいた場合はこの限りではなく、例えば体型維持管理をするためのコミュニケーションを図ったり、FABRIC TOKYOでも展開している「お直しのサービス」を展開していくなど、利用を継続いただくための色々なアプローチが図れると考えています。

また、ユーザー様からはスキャンデータに基づいた「体型診断」をしてほしいというお声もいただいています。平均値との差分や体型特徴をお教えしたり、体型に合ったスタイリングをアドバイス差し上げるなど、パーソナルデータがあるからこそ、サービスへの応用幅がまだまだあると思っています。

ExB
個人の悩みや課題を露わにするパーソナルデータなだけに、それを解決できるようなポジティブな方向にコミュニケーションを振っていくことが大切なんですね。例えば、女性はライフステージで体型も大きく変わっていくので、そんな変化に寄り添っていけると高い付加価値になっていくと感じました。

わずか1.5坪、店舗体験はより日常に近い場所へ

ExB
STAMPはスキャンボックスによる実店舗展開もまだ始まったばかりですが、今後のロケーション戦略についてはどのようにお考えでしょうか?

竹内
まさにそこは検討を進めているところです。スキャンボックス自体が1.5坪程度のかなりミニマムな空間になっているので、デッドスペースも含め、色々なところにスポット的に設置ができるものとなっています。

1.5坪程度のスキャンボックス

今後の展開として具体的には、まずはショッピングセンターなど商業施設での展開を拡げていくことで、買い物の延長で体験いただく機会を増やしていきたいと思っています。そしてその次のステップとして、より日常生活に近い場所への展開を検討しています。例えば、駅やスポーツジム、オフィスエントランスロビーやシェアオフィスなど、より生活に則した多様な場に展開してことで、スキャンの関わり方をより身近なものにしていきたいと考えています。

また視点を変えると、セルフスキャンのプラットフォームとしての展開も考えられるところです。アパレルブランドを横断して自由に利用いただけるスキャンスポットとして展開していくことや、日々の体型管理に焦点を当ててヘルスケアの分野と連携していくことなど、様々な可能性にチャレンジしていきたいですね。

高橋
やはりユーザー目線になることが何よりも大切だと思っています。FABRIC TOKYOでは以前に、都内ターミナル駅コンコース階の、人のトラフィックが多い場所に出店したことがあったのですが、多いトラフィックがあるにも関わらず、店舗でのサービス利用になかなか結び付かないという苦い経験をしました。

トラフィックのイメージ画像

この経験が与えてくれた示唆は、トラフィックの「量」もさることながら、トラフィックの「質」を考慮しなければいけないということでした。駅コンコース階のトラフィックの実態は、大半が通勤を目的としたものでした。通勤中だから皆さん急がれているわけです。そんな中なので、ふと来店いただけることはあっても、どうにも行動がせかせかしてしまう。せかせかした購買はお土産物などの物販には向いていても、FABRIC TOKYOのようにゆったりと過ごしていただく場とは相性が良くなかったのです。

自動車もそうかと思いますが、購入するときにせかせかさせてはいけないですよね。STAMPのスキャンボックスを拡げていくにあたっても、利用者の目線でどんなカスタマージャーニー上で訪れてもらえるのか、そこをしっかりと捉えることが重要だと思います。

FABRIC TOKYO

デジタルとリアルの融合:D2Cブランドが創る店舗体験

リアルは情報解像度が圧倒的
実店舗はますます「体験」が重要な価値に

ExB
昨今は、EC化が一層加速し、生活者にとって店舗がかならずしも購入を目的とする場ではなくなってきています。そんな世の中において、STAMPが実店舗・実空間に対しどのような役割や価値を見据えているのか聞かせてください。

竹内
STAMPにとって、店舗はユーザー様との最初のメインのタッチポイントです。その意味で一番のアピールポイントにもなってくるところなので、STAMPの世界観やサービスの良さを伝えるのに最も適したチャネルだと捉えています。
現状ではスキャンボックスとしてのサービスがメインとなっていますが、STAMPのサービスを半歩先の未来と謳っている以上、今後は新しいデジタル体験を取り入れたり、意外性や驚きをもたらす体験を提供したりといった、他ではできないワクワクするような新しい体験を提供していきたいです。

ExB
やはり、実店舗ではますます「体験」の価値が重要視されていくということですね。

竹内
そうですね。実際に製品に触れてみたりだとか、自分の身体を動かしたりだとか、視覚や聴覚や触覚から得られることだとか、リアルな空間は情報量や解像度が圧倒的に高いので、やはりブランドの世界観を伝えるのに一番適した場所なのだと思います。
加えて、体験としては驚きや意外性もSTAMPにとっては大切な要素なので、一例ですが、スキャン直後に製品を着用した姿がフィギュアとして3Dプリンティングされて出てくる!であったり、その場で3Dプリンターがニットを編みあげる!みたいな、面白さやエンタメ感にあふれた体験で、話題性を拡散させていくことも狙っていきたいです。

また、現状はスキャンボックスが閉ざれた空間となっているために、女性ユーザーから少し怖いというお声もある中で、魅せ方という視点では、渋谷区にできたスケルトン公共トイレも参考になるところです。内部が見えないことで生まれる公共トイレの独特の怖さを、あえて演出的に魅せるという手法をとったことで、怖さを上手に払拭していますよね。このような視点も含め、店舗を活用した話題性のある体験づくりに今後積極的に取り組んでいきたいと考えています。

オーダーメイドのための3Dスキャナ

オーダーウェアサービスを通じて「購買の習慣」を変える

高橋
一方で、生活者視点でいえば、STAMPのようなオーダーウェアサービスを通じて「購買の習慣」を変えていきたいと思っています。FABRIC TOKYOを立ち上げた6年前は、オンラインでオーダーメイドをするという文化・習慣がありませんでした。その中でサービスをリリース・拡大してきたわけですが、近年この習慣が着実に根付いてきた実感があります。

購買の習慣をわかりやすい例で言うと、50代・60代生活者の実店舗での洋服を買う傾向が挙げられます。この最大の理由は、20代バブル絶頂期の、店舗での買い物体験がとても楽しかった記憶が脳裏に焼き付いているからだと捉えています。その世代の方々にとっては、百貨店などの店舗で接客を受けながら洋服を買うことが楽しい体験だった。その楽しかった体験や記憶が、未だに店舗利用を続ける原動力になっている。
この購買の習慣のように、我々のオーダーメイドサービスを世の中に根付かせ、近い未来、当たり前に利用いただけるサービス=習慣にしていきたいと思っています。

ExB
話題性と習慣化。実店舗においてもポテンシャルを感じるテーマですね。
体験性や情報解像度の高さといった、実店舗の魅力を活かした「リアルなユーザー接点」をつくっていくこと。またSNS・ECはじめ、オンラインの接点がより身近になる中で、そこに足りないコミュニケ―ションをリアルな接点で補完していくこと。そんなリアルとオンラインの接点をユーザー視点で再構築していくことが、これからの場づくりに一層求められているように感じました。

新しいアパレルの姿、半歩先の未来を共創するサービスとは?

ExB
では最後に、今後のアパレル産業を見据えた上で、どんな展望を抱かれているのかお聞かせください。

竹内
ファストファッション化からの跳ね返りも受け、昨今生活者の思考が、より良いものを長く着たいといったところにシフトしてきているように感じています。
またコロナの影響もあり、消耗・消費的にファッションを利用する世の中からも一層離れてきている。大量生産を前提とした旧来のビジネスモデルは限界を迎えつつあります。そんな状況下だからこそ、我々は新しいアパレルとしての在り方を創っていきたいと思っています。

現在も大手企業にはできない取組みにいろいろとチャレンジしていますが、ユーザー様一人ひとりに向き合ったコミュニケーションや、ユーザー様と一緒に製品を創り上げていくような新しい顧客関係性を構築していくことで、ユーザー様に広く受け入れてもらえて、かつ長く良い関係性を築けていく、そんな半歩先の未来を共創していくサービスにしていけたらと思っています!

D2Cについての会話画像

編集後記
D2Cブランド『STAMP』の取材を通じて

モノや情報が溢れる現代、自分が必要とするものにアプローチしてくれる、自分も知り得ていなかった課題を発見しソリューションを提供してくれる、そんな利用者とブランドとのパーソナルな関係性が求められています。
そこに生まれたD2C。ローンチしてからこそアップデートを重ねてUXを向上させ続ける、まるでソフトウェアのようなサービスモデルを、今回、FABRIC TOKYO様の『STAMP』の取材を通じてケーススタディさせていただきました。

本稿の最後として、取材を通して見えてきた、従来型のアパレルブランドとD2C型のアパレルブランドにみられる特徴的な違いを、マーケティング4Pの視点であえて大局的に比較整理してみたいと思います。

■従来⇔D2Cアパレルブランドのマーケティング4P視点での比較

D2Cアパレルブランドのマーケティング4P視点での比較

このような特徴がD2Cブランドの多くに見てとれることからも、商環境の潮目が今、大きな変化をはじめているのを感じます。カスタマージャーニーが多様化し、ECを含め様々なチャネルを行き来するのが当然になってきた中で、実店舗もまた、その役割や提供価値を再構築すべき時代が訪れていることを強く実感する次第です。

ExB design farmでは「空間ビジネスのこれから」をテーマに、変化する商環境にフィットした新しい空間ソリューションを提唱・提供しています。当ノムログでも、インタビュー企画含め様々な発信を行っていきますので、ぜひチェックしていただければ幸いです。

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