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「インクルーシブデザイン」 ー この言葉から浮かぶ漠然としたイメージや概念を、具体的なものとして共有し、より良い空間の機能やデザインとしてかたちにしていくために、良い方法はないだろうか。
そんな思いを抱え日々模索していた未来創造研究所R&D「インクルージョン&アート」のメンバーが出会ったのは、「パターン・ランゲージ」の手法です。そこから、乃村工藝社オリジナルのインクルーシブデザインのワークショッププログラム開発とツール制作がはじまりました。
コツコツと取り組むこと数年、ついに完成した「NOMURA Inclusive Design Patterns」(ノムラ インクルーシブデザイン パターン)を、現在さまざまなワークショップの場で活用し始めています。
全くのゼロからスタートしたこのプロジェクトに、「パターン・ランゲージ」の専門家として並走いただいた株式会社クリエイティブシフト代表 正井美穂さんをゲストに迎え、完成までの取り組みを振り返りながら、今後のワークショップや場づくりへの展望を語り合いました。
【対談者】
クリエイティブシフト代表 正井 美穂さん

乃村工藝社
未来創造研究所 インクルージョン&アート
松本 麻里

乃村工藝社
未来創造研究所 インクルージョン&アート
佐竹 和歌子

乃村工藝社
未来創造研究所 インクルージョン&アート
井部 玲子

多様な人々の“声”を受けとめ、共通言語にする「パターン・ランゲージ」
「パターン・ランゲージ」とは、建築家クリストファー・アレグザンダーが1970年代に提唱した住民参加型のまちづくりのメソッドです。ある人物や組織などが持つ知識や、上手くいった経験などにおけるさまざまなコツを、「パターン」として抽出・分類。ある「状況」(Context)において生じる「問題」(Problem)とその「解決」(Solution)の方法をセットにし、多くの人々と共有するための「ランゲージ」(言語)として記述し、「名前」(パターン名)がつけられます。
元々は住民参加のまちづくりのために生まれた「パターン・ランゲージ」ですが、1990年代にはソフトウェアに、2000年代以降は人間の行為にも応用されはじめました。
クリエイティブシフトの代表である正井さんは、日本国内で「パターン・ランゲージ」の研究や活用における第一人者・井庭 崇さんと共に同社を創業。さまざまな企業や団体の依頼に応じて「パターン・ランゲージ」の制作や活用を支援しています。
正井さん
私どもが行っている「パターン・ランゲージ」づくりのサポートは、抽象的な概念をいかに現実に落とし込み、良い結果を継続してもたらす“言葉”にしていくことだと考えています。
今回、乃村工藝社の皆さんとのお取組みは、これまで集めてこられた膨大なアンケートやインタビューの記録をベースに、インクルーシブデザインにおける「パターン・ランゲージ」を作成し、空間づくりに活かしたい、と、ご相談いただいたのが最初でした。
松本
クリエイティブシフトさんが、幅広い業界・組織の方々をサポートし、「パターン・ランゲージ」の手法をカスタマイズして活用されていることを知り、インクルーシブデザインに取り組む私たちの課題とも親和性があるのでは、とお声がけしました。
佐竹
私たちが企画やデザインする外出先、例えば、ミュージアムや公共施設などは誰もが利用する場所です。空間づくりに、どうしたらインクルーシブデザインの視点を十分に反映できるのか、また、計画や設計の段階で、ファミリーや高齢の方、障害のある方などさまざまな立場の方とワークショップを行う機会が多いのですが、活用できるツールをつくれないか、チーム内で模索していました。
井部
インクルーシブデザインへの漠然としたイメージや、心理的なハードルの高さを和らげ、みんなで共に考えていくときのきっかけや手がかりとなるような何かがあると良いよね、と。

R&D「インクルージョン&アート」のメンバーが、これまでにアンケートやインタビュー、ワークショップなどの方法で集めてきた、およそ400名の方々からの膨大な“声”。メンバーは、正井さんと丁寧に貴重なデータを精査し、不足している分野については追加でリサーチを実施。いくつかの課題やテーマへと細かくクラスタリング(分類)しながら集約させ、抽象化していく取り組みは、数か月にわたって続けられました。

佐竹
どうやってクラスタリングしていくか、は、とても難しかったですね。まとめることで課題の意図が変わってしまわないように、とか。
井部
その一方で、例えば子育て中の保護者と障害を持った方の課題が、全く違っていそうで実は共通していたり。さまざまな属性の方が答えているアンケートやインタビューの内容を、俯瞰して精査してみて良かったな、と思いました。
正井さん
まさにそれが、“本質を見つける” ということですよね。「パターン・ランゲージ」は、いかに人の行為の本質、“正解”を抽出し、行動してもらえる“言葉”にできるか、が重要です。そのため元にするデータでは、課題と解決の両方の情報を収集する必要がありますが、今回は課題のみの情報に偏っていたり、さまざまな事例が混在していたりしました。
私どもからすれば、少々イレギュラーなデータからの制作でしたが、皆さんが普段から空間づくりにおいて具体と抽象を行き来する思考に慣れていたり、複数のプロジェクトを同時並行で進めているからか、個別具体的な複数の事例を抽象化し、本質的な課題と解決方法へと集約していく過程は、とてもスピーディーでしたね。
井部
ありがとうございます。ただ、最後に「ランゲージ」として記述し「名前」(パターン名)をつけるところは、非常に大変でした。誰にでもわかるような、それでいて印象に残る言葉を選んでいくのは難しかったです。
正井さん
何度も何度もデータのファイルをやり取りしながら、一緒に精査していきましたよね。「パターン・ランゲージ」として本当に正しい内容か、必要な要素が全て揃ったものになっているか、最後の最後まで細かく検討させていただいて。無事、「NOMURA Inclusive Design Patterns」として完成することができました。
佐竹
「NOMURA Inclusive Design Patterns」は、言葉ができてから、カードというワークショップツールにするまでに1年ほどかかっています。さまざまな場面のワークショップで活用できるよう、どんなプログラム展開があるか、そのメニューも同時に考えながらカードを制作しました。
表裏のテキストのレイアウトや、載せる事例をどんなイラストでビジュアル化するか、カードそのものの大きさやかたち、紙の種類や厚み、カードを収納するパッケージや使い方の取扱説明書といった細部に至るまでメンバーでひたすら検証し続けました。おかげで、本当に納得のいくプロダクトになったと思います。

誰もが「インクルーシブデザイン」について考え、取り組むヒントに
さまざまな人の声を集め、長い時間をかけて丁寧に作られたNOMURA Inclusive Design Patterns。実は今回の座談会で初めて、完成したカードを手にしたという正井さん。「使ってもらわなければ意味がないので、デザインのクオリティにこだわることって大切ですよね。なんだか楽しそう!というイメージはとても大事だと思う」と笑顔で納得していました。
正井さん
さまざまな立場の方々をプロジェクトに巻き込みつつ、空間を一緒に作り上げていく皆さんならではのこだわりが随所にあるんですね。楽しく前向きに巻き込めるって重要です。
松本
ありがとうございます。カードの紙やパッケージデザインはもちろん、説明書のカタチにもこだわりました。
現在、少しずつですが、さまざまな企業やミュージアム、大学での授業などでもこのカードを使ったワークショップを開催しています。

井部
先日、すべての子どもたちに開かれたあそび場として運営されている施設のスタッフの方々と行ったときは、「実はこういうことをもっとやりたいと考えていた」「もっとできることがあるよね」など、前向きな意見交換が活発に行われて。普段から同じ施設内で仕事をしていても、立場の違いから、同じテーブルで一緒に話し合う機会はあまりなかったそうで、良いきっかけにしてもらえていましたね。
正井さん
それは嬉しいですね。制作したカードが“共通言語”となり、普段は立場や視点、考えの異なる人たちをつなぐツールとして機能したのでしょう。カードを介したことで、一人ひとりの個別の事例や考えが、立場を超えてイメージできたんだと思います。
また、使うシーンを固定化せず、さまざまな使い方ができる点も、このツールの良さだと思います。もちろん、カードに書かれていることを丁寧に読み込んで、しっかり理解した上で使っても、会議や研修などでのちょっとした会話のきっかけやアイスブレイクに使っても、新規サービスを考える時の入り口にもなりますね。
佐竹
一方で、社内の別の部署のメンバーと使ってみたときは、そもそもカードに“答え”は書いていないから、“答え”を考えることそのものを、面倒だと捉えられかねないのでは、という反応もありました。考えるヒントや手がかりにして、そこから自分たちができること、その意義や価値をいかに一緒につくっていけるかが大切ですよね。
正井さん
「パターン・ランゲージ」は“答え”を提示してくれるものではなく、ひとりひとりが考え、“答え”を見つけることをサポートするものです。少しでも体験してもらえたら、「パターン・ランゲージ」を使って考えることの重要性や意義を実感できるはずです。
松本
そして、このカードを起点に、どんな取り組みをしていくのか、どう深めていくのかは、私たちがこれから行うワークショップの設計次第だな、と感じています。
正井さん
完成した「インクルーシブデザインのパターン・ランゲージ」がどのように活用してもらえているのか、継続的にお話を伺っていけたら嬉しいです。
NOMURA Inclusive Design Patternsは、ひとりひとりに心地よく、歓びと感動が生まれる空間づくりの手がかりとして開発しました。「空間や体験」「ツールや仕組み」「対話を重ねる」という3つのテーマで構成され、テーマのキーとなる手掛かりが18枚のカードになっています。カードの表面には、空間や体験をつくるとき大切にしたい考え方を表した言葉とイラストの「手がかり」が、それを裏返すと、背景にある困りごとや何ができるかを考えるヒントが書かれています。空間づくりのアイデア出しのワークショップや会議のアイスブレイクなど、目的に合わせて、さまざまな使い方ができる汎用性の高いツールになっています。
お互いを尊重し、受け入れる共生社会の実現に向けて、<インクルーシブ> を年齢や性別、国籍、障害のあるないにかかわらず「誰もが参加できる」環境構築ととらえ、利用する人、そこで働く人など年齢や立場を超えて多様な人々が関わり、それぞれのアイデアや視点を反映した空間・施設づくりを進めるためにさまざまな場で活用していきます。

手前中央:クリエイティブシフト代表 正井 美穂さん
プロジェクトメンバー
ビジネスプロデュース本部 第一統括部 開発1部 横浜営業所 関口 郁恵
営業推進本部 文化環境事業部 営業1部 第2課 天野 晴香
営業推進本部 第三事業部 営業2部 第1課 野本 愛
クリエイティブ本部 未来創造研究所 ビジョンデザイン部 サステナブルデザインラボ 宮坂 清佳
クリエイティブ本部 未来創造研究所 ソーシャルデザイン部 I&Aデザインラボ 松本 麻里
クリエイティブ本部 未来創造研究所 ソーシャルデザイン部 I&Aデザインラボ 井部 玲子
クリエイティブ本部 未来創造研究所 ソーシャルデザイン部 I&Aデザインラボ 佐竹 和歌子
文:Naomi
写真:川上 友
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