アートを通じて街を豊かに。臨海副都心初のアートフェスから見えたもの

横田 智子
横田 智子
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横田 智子

2022年9月に初めて開催された「ARTBAY TOKYO アートフェスティバル2022~NEW SCALE~」。臨海副都心エリアを舞台に街づくりの一環として長期的に行うアートプロジェクト、ARTBAY TOKYOのプログラムです。私たちはこのエリアで働く者として、企画・運営に加えて会場提供やコンテンツを協賛しました。

弊社はハードとしての空間設計・施工することが多い中、今回の街と人をアートでつなぐプロジェクトは新たな試みとなりました。本稿では、アートフェスティバルの広報PRを担当した横田から企画担当者へのインタビューを通じて、臨海副都心エリアが持つ個性や魅力、アートによる街づくりとその先の未来に向けたヒントを探ります。


アートフェスティバルの会場「石と光の広場」(左手前)と「花の広場」(右手前)

横田
今回のアートフェスティバルで皆さんが担当された内容、そちらにまつわる感想やエピソードをお聞かせください。

松本
来場者に「体験」を提供する参加型プログラムと鑑賞ツアー、創作系のワークショップの企画と当日の運営を担当しました。

これまでもワークショップや参加型のプログラムを多く経験してきましたが、今回はアート作品と対峙するということもあり、特に鑑賞ツアーは参加人数を増やすことに重きを置くよりも、小さな単位のグループに手厚く、丁寧に接することを重視しました。アートフェスティバル全体の「集客」という意味では役立たなかったかもしれませんが、参加された方々へのおもてなしはしっかりできたと感じています。実際に参加者アンケートの結果でも、プログラムへの満足度が高かったので安心しました。


夢の広場・乃村工藝社本社で実施した参加型ワークショップ©︎2022 ARTBAY TOKYO

松浦
私はアーティスト選定、レアンドロさんによる作品の企画を担当しました。


左:松浦/右:松本

レアンドロさんの作品は、「臨海副都心エリアのスケールアウトした街並みにピッタリ!」と思っていましたが、まさか実際にお受けいただけて、実現できるとは…。一般的に今回のような規模のアートフェスティバルでは、事前に敷地を視察してから構想を練って…というプロセスを踏みますが、今回は準備期間が短かったこともあって来日はせず、たまたまレアンドロさんが過去にこのエリアを訪れていたため、その時の記憶と日本のエージェントさんの粘り強い説得のおかげで実現できたと思っています。

花の広場「THE PRINT – 痕跡」©︎2022 ARTBAY TOKYO

杉本
アートフェスティバル全体のコンセプトメイキング、アーティスト選定、アート作品の企画を担当しました。

乃村工藝社の強みの一つは企画・デザインから施工まで一気通貫でプロジェクトを完結できるところですが、今回のアートフェスティバルでは核となる作品づくりが第一線で活躍するアーティスト・建築家・デザイナーによるものであり、私たちはアーティストの方々の選定を含め、アートフェスティバルの総合プロデューサーとしての役割を担ったことが新しいチャレンジとなりました。


石と光の広場「Heading」©︎2022 ARTBAY TOKYO


夢の広場「Territory Gone Wild 野生のテリトリー」©︎2022 ARTBAY TOKYO

作品づくりは粘り強いチームワークで

横田
新しいチャレンジということで、どんな収穫がありましたか?

杉本
今回は、皆さん新作を作って頂くことになったのですが、全体のコンセプトやお台場という土地性を踏まえ、アーティストの方々が考えた息を呑むような鮮やかなアイデアが生まれる瞬間に立ち会えたことや、それをチーム一丸となり一緒につくり上げていくプロセスが非常に刺激的で、私たちも学ぶことが大変に多く、こういったコラボレーションに創造の新しい可能性を感じました。

一方で、創り上げていくプロセスの中で、作品はアーティストのパーソナルな部分を表現するものなので、その部分を理解しながら、限られた予算やスケジュールの中で実現していくことは、ある特定の機能の器としての空間を作り上げることとは別の難しさを感じましたが、同時にそのこだわりがあってこそ、見るものを感動させる強さをもった作品が実現するのだと、出来上がったそれぞれの作品を見て感じました。

松浦
例えば今回の作品は当初、別の素材で検討を進めていましたが、造園会社さんが「植栽でつくってみませんか?」と提案してくださいました。加えて、植栽を入れる蛇篭の高さの絶妙な調整であったり、全体が指紋として成立するかどうか何度も議論を重ねたり。アーティストの意図を汲み取りながら、みんなで真剣に「どうやったら実現できるか?」を考えていく過程にアートのチカラを感じました。

実際にできあがった作品では、子どもたちが走り回っている様子が見られました。レアンドロさんの「多くの人に、この作品に参加してほしい」という思いが、しっかりと実現されていて感動しました。

花の広場「THE PRINT – 痕跡」©︎2022 ARTBAY TOKYO

花の広場「THE PRINT – 痕跡」ベビーとめぐるツアーで走り回る子どもたち©︎2022 ARTBAY TOKYO

アートで風景を変え、街のイメージを変える

横田
今回、屋外でのアート作品展示ということでの苦労はありましたか?

松浦
屋外ならではの課題は天候の影響を受けること、安全面でのハードルが上がったことですが、一方で屋内展示と違って、地域で働く人や住む人が通りすがりに作品に出合えたことが良かった点だと思います。


石と光の広場「Heading」©︎2022 ARTBAY TOKYO

横田
屋外で不特定多数の目に触れるからこそ、作品自体の魅力によって、どう人を引き寄せるか?という視点も重要だったのですね。

松本
そうですね。アート作品が現れることによって大きく景色が変わりました。
特にULTRA STUDIOさんの作品は、芝生広場の新しい風景としてとても絵になっていて、近隣の体操教室の子供たちが活動する様子も作品と一体となって見えました。

夢の広場「Territory Gone Wild 野生のテリトリー」©︎2022 ARTBAY TOKYO

レアンドロさんの作品では日本の原風景を思わせるような植木でつくられていて、最後にその植木を近隣の多くの方々に配布したことも素晴らしい風景でした。後藤さんの作品も「1日中動いている」「小さな箱をのぞく・大きなスケールを見上げる」といった今回のテーマ「NEW SCALE」を象徴する体験と風景を生み出されていました。

花の広場「THE PRINT – 痕跡」最終日に植木を持ち帰る人びと©︎2022 ARTBAY TOKYO

松浦
臨海副都心エリアは「人工の島」という硬いイメージがありましたが、レアンドロさんの植物やULTRA STUDIOさんの柔らかさや、後藤さんの動きのある作品が現れたことで、その場所の新たな風景を見ることができ、とても愛着が湧きました。このフェスティバルを通じてこの街を知るきっかけになり、この場所の面白さを知って前よりも近い存在になった気がします。

そういう意味でもこの場所で、アートフェスティバルを実施する意味があると実感しました。アーティストさんは私たちが普段、見落としてしまうところを覗いている方々で、場所の歴史や風土を読み解いて表現してくれます。見る人が何か感じるものがあり、帰るときに「来たときと何か違う」と感じられたり、普段閉じている感覚を開いてくれるものなので、より多くの人に体験していただきたいです。

臨海副都心ならではの「余白」を愉しむ

松浦
私が感じたように「街を知ってもらう」という意味では、もう少し回遊性を高められるといいと思いました。作品同士の距離が結構ありましたので、レンタサイクルなどもあったらよかったと思います。

横田
もっと密度の高い街でこういったアートフェスティバルを実施する場合は、アート作品同士の距離が近く、時間を忘れて街歩きしていることが多いと思います。一方で臨海副都心エリアはとにかくスケールが大きいですよね。「回遊しながら街を知る」という意味ではどんな体験が良いと思いますか?

松浦
街全体をつかったアートイベントでは、移動時間があるからこそ、作品に辿り着いた達成感があると思います。お台場は、海に近くて風が気持ちいい、自転車など風を切る乗り物に乗って感じられる心地よさがあります。面としても広いのでたくさんのアート作品を近距離で置いていく、というよりも、作品同士の間に気持ちよく移動できる、程よい余白があると良いと思います。

夢の大橋「Territory Gone Wild 野生のテリトリー」©︎2022 ARTBAY TOKYO

横田
臨海副都心らしい「余白」の愉しみ方があって、それこそがこのエリアならではの体験になるということですね。

「アートのチカラ」を信じることで、新しい世界が広がる

横田
今回のアートフェスティバルは街づくりの一環として行われました。「街づくりとアート」の関係性について、皆さんが思うところを教えてください。

杉本
今回は屋外アートを通じて、多くの人との接点づくりができました。鑑賞型のパブリックアートではなく、誰もが楽しめる参加性の高いアートでしたし、街づくりが根本にあるプロジェクトだったので、アートが街中に存在する意味を改めて考えました。何気なく過ごしてる街で普段と違う体験ができる、その体験を通じ街の風景が違って見える、というところから「アートが街への新しい気づきを与えてくれる」という可能性を感じました。

私はARTBAY TOKYOのプロジェクトに立上げから携わってきましたが、(関連記事)、地元の企業として私たち自身が「このエリアをどう魅力的にできるか?」という問いに真剣に向き合うべき重要なプロジェクトだと思っています。このエリアに拠点を置く他の企業とも連携し合える企画だったので、今後も何らかの形で継続して関わっていけることが重要だと思います。

松本
今、さまざまな街でアートの取組みがなされています。例えば、過疎化しそうな街で空き家活用と連携してアートイベントを行うことで、その街に来てもらうきっかけをつくって、訪れた人たちが「なんか好きだな」「居心地いいな」と感想をもつことで、そのうちカフェができて、シェアハウスや宿泊施設ができて…と広がっていく。小さくても今ある街の資源を活かしながら、人びとに来てもらうタッチポイントになる可能性があるのがアートだと思います。

アートは感性に訴えるもの、特に正解がある訳でもなく、自分の感じたことを何でも言えて、みんなで話すきっかけになる、とても自由な時間が持てるものだと思っています。その許容範囲の広さに大きな可能性が秘められています。地域の人たちと訪れる人たちをつなぐ接点になっていくような、アートを介した体験が人と人がつながるコミュニケーションに役立っていくといいなと思っています。私はそれこそが「アートのチカラ」であり、その可能性を信じていきたいです。

横田
松本さんはデザイナーでありながら、参加型プログラムの企画・運営を多数手がけていらっしゃいます。今回のアートフェスティバルを含め、どんなことにやりがいや意味を見出していますか?

松本
アートによるコミュニケーションは、人と人とをつなぐ仕組みとして空間や地域活性につながると思っています。こういったプログラムを実施することによって共感してもらい、人との接点が増え、その場や地域の人たちの仲間に入れてもらい…と徐々に広がっていきます。最初は接点を持つきっかけにすぎませんが、場や地域の人たちの仲間になれると信頼関係が生まれ、街の課題も一緒につくることで見えてくると感じています。

横田
それでは最後に、皆さんが今後チャレンジしたいことを教えてください。

松浦
乃村工藝社の本社1階に、130年前の創業時に手がけていた舞台の段返し*の模型があるのですが、レアンドロさんが来日した際にそれを見て「アートな会社だね」と言ってくれました。舞台の仕掛けづくりをするところからスタートした会社ですので、今後もアーティストさんと社会がつながるフィールドづくりや、遊休建物を活用したプロジェクトなどをやってみたいです。

*段返しとは:
舞台の下(奈落)に用意されたせり上げ、天井からの吊り下げ、舞台の袖の書き割りを駆使して、大道具方、照明技師、お囃子連中などが、一糸乱れぬ連携作業を行う演出。当社の創業者 乃村泰資は芝居の大道具方から出発し、国技館で段返しに腕を振るい観客をおおいに喜ばせたとして、大正時代に両国国技館で行われた菊人形の「段返し」を再現した模型を本社エントランスホールに展示しています。

杉本
アートを基点とした街づくりの取組みのご相談が、実感として増えてきています。今回のような大規模なアートフェスティバルという形式だけでなく、例えば空き家を使ったインスタレーションや移転縮小で使われなくなった銀行店舗をアートギャラリーに転用するなど、日本全国のいろいろな地域で、面白いことをできる可能性がまだまだ眠っていると思います。今回のプロジェクトで得た経験やネットワークを活かし、これまでにない新しい場づくりにチャレンジしてみたいです。

松本
私は空間づくりをした後の場の使われ方、利用するユーザーのことを知らないのでは?と感じています。もっとユーザーに寄り添ったデザインの精度を上げるためにも、日常に寄り添った施設、例えば公共施設や図書館、ヘルスケア系、シニアレジデンスなど、より生活を豊かにする施設にもアプローチしていけるといいな、と思っています。その日常的な施設を設計するためには、人と人とをつなぐコミュニケーションの仕掛けとしてアートプログラムは必要不可欠だと考えています。

横田
皆さんのお話を通じて、街の風景を変えるアート、人との接点をつくるアート、チームでつくり上げるアート、さまざまなアートのチカラに触れることができました。今後も皆さんの想いをカタチにできるお仕事を一緒にしていきましょう。本日はありがとうございました。

【インタビューのお相手】
松本 麻里

入社後、美術館・博物館などの展示デザインに携った後、2015年「未来の子どもたちのための場と仕組みをつくる」をコンセプトに、空間づくりと育児の経験を活かしたプランニング、デザインの提案、産学連携の調査研究などを行うTeamMを発足し、こどもと大人の空間デザイン、ソーシャルグッドの取り組みを推進。社外活動では美術館を拠点に美術鑑賞ファシリテーション・アートイベント・ワークショップの企画・実施を行っている。

杉本 たく

2018年に入社後、地域コミュニティ施設、ARTBAY TOKYO等のまちづくりのプロジェクト、ライフスタイルホテル等の企画や大規模再開発の基本構想業務に携わる。今後はアジアの国々での地域づくりのプロジェクトに関わるべく模索中。

松浦 麻基

前職でホテルなどの空間や地方芸術祭のアートコーディネートに携わり、2019年乃村工藝社入社。入社後は専門店や余暇施設を担当。現在ソーシャルグッドな事業の開発のために「インクルーシブ&アート」のチームに所属し、アートによるコミュニティづくりのR&Dを進める。

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横田 智子

横田 智子

ノムログ編集長
つなぐプランナー|領域をまたぐプランニング

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