東海道新幹線700系、東京駅の商業施設で再活用

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東京駅八重洲北口の専門店街「東京ギフトパレット」の壁面や天井レリーフには、現役を引退した東海道新幹線700系に使用されていたアルミニウムが再利用されています。再生アルミの活用は、サステナブルな観点からの評価だけでなく、長く親しまれてきた東海道新幹線700系が生まれ変わり私たちの前に再び姿を見せたという物語があります。このセッションでは、再活用に取り組んだ乃村工藝社のプロジェクトメンバーが困難も含めたその物語を紹介しました。

本稿は、乃村工藝社グループの「ソーシャルグッド」なプロジェクトをご紹介するイベント「ソーシャルグッドウィーク 2021」のレポート記事です。

*「ソーシャルグッド」の詳細はこちら
乃村工藝社グループが考えるソーシャルグッド(前編後編
*「ソーシャルグッドウィーク2021」のレポート記事一覧はこちら


東海道新幹線700系再生アルミプロジェクト

事業統括本部 営業推進本部 第四事業部 営業二部 小堀貴史
2008年入社。
アパレル・飲食・食物販等の商業に関わる分野からオフィスや大学、保育園まで、幅広い業務のプロジェクトマネジメントを担当。

事業統括本部 営業推進本部 文化環境事業部 プロダクト・ディレクション部 西岡貴之
2009年入社。
実績は、JR大阪駅改良工事、アクア広島バスセンター4,5階リニューアル工事、NTTクレド基町ビル10階環境工事、岡山一番街飲食ゾーン環境工事、クリナップショールーム内装工事、TDY高松ショールーム内装工事、アナザースタイル内装工事、JALラウンジ松山空港/岡山空港内装工事等。

「再活用×物語」の再生アルミプロジェクト

小堀
本日ご紹介するのは、東京駅八重洲北口の改札口近くに位置する「東京ギフトパレット」という商業施設に、先日引退した東海道新幹線700系の車体に使われていたアルミニウムを建材として再利用したプロジェクトです。
「東京ギフトパレット」は、JR東海様のグループ会社である東京ステーション開発株式会社様が運営する専門店街です。改札口近くの便利な場所に位置しテナント構成も魅力的なので、多くの人がお土産やお弁当などを購入しています。

ここで少しだけ東海道新幹線のお話をさせていただきます。東海道新幹線700系は第4世代の新幹線として1999年に運用が開始され、「カモノハシ」の愛称でとても親しまれてきた車両です。約20年もの間、日本の大動脈を支えてきた車両です。このプロジェクトは、単に再生材の活用だけでなく、親しまれてきた東海道新幹線700系が役目を終え、東京駅の商業施設の中で2度目の人生を始めるという物語があります。

左:引退した東海道新幹線700系(提供:JR東海)/  右:東海道新幹線700系のアルミニウムが再利用された東京ギフトパレット

乃村工藝社がこのプロジェクトに参画したときには、すでにパースが完成していて、このパースの通りに再生アルミを建材として活用していくことがミッションとなっていました。

パース(左)に黄色、青、赤で着色した部分に再生アルミを使用

アルミニウムという材料は再生材としてとても優れた特性を持っています。アルミニウムの原料はボーキサイトという鉱石ですが、ボーキサイトから新しいアルミ地金をつくる過程で膨大な電力が必要になります。それに対してアルミ缶などのアルミ製品を溶解して再生地金をつくる場合は、新地金をつくるときの約3%の電力で済むといわれています。

ハードルが高い新幹線車体の再生

しかし、東海道新幹線700系の車体や屋根、側部には主に6000番台のアルミ合金が使用されていますが、断熱材や防音材、ボルト、何層にも塗り重ねられた塗料などの付着物があるため、そのままの状態では再生できません。従来は、これらの付着物の除去が難しいため、鉄を融解する際に必要な脱酸材として活用されていました。新幹線車体を「新幹線再生アルミ」として再生するにあたりこの付着物をいかに取り除くかが最初のハードルでした。

付着物除去方法については、すでに東京ステーション開発様でも研究をされていて、さまざまな調査とトライアンドエラーを重ね、スクラップの過程で工夫することで付着物を除去する方法を見出していました。この付着物除去方法の確立が、新幹線再生アルミ活用の実現に向けた大きな一歩となりました。新幹線車体から取り出したアルミ材の付着物を除去し、溶炉で溶かし、ビレットと呼ばれる棒状のアルミ材をつくります。

ここまでの工程は、JR東海様グループ会社様と東京ステーション開発様、SUS株式会社様、産業振興株式会社様の主導で進められました。次のステップは、このビレットからパースにあるデザインを具現化することです。この段階から乃村工藝社がプロジェクトに参画いたしました。参画当時は、ここまで開発ができているのだから、比較的スムーズに進行できると思ったのですが、そう簡単には行きませんでした。

アルミ建材の素材となるビレット

次々と課題が立ち塞がる

この再生アルミのビレットを壁面、暖簾、天井レリーフに加工していくわけですが、それぞれ異なった加工方法が必要でした。また、加工技術以外にも様々な問題が待ち受けていました。

まず、壁面部分の再生アルミ活用からご説明します。壁面は他に比べて比較的スムーズに制作することができました。壁面はビレットに熱を加え、高い圧力をかけて型に通す「押出成形」という技術で板状に加工しました。ビレットを制作していただいたSUS株式会社様が、押出成形加工を得意とされていたので、ビレットからそのまま再生アルミプレートに加工することができました。人通りの多いコンコースに沿った壁面に設置されるので、通常のアルマイト加工よりも塗膜が厚く傷が付きにくい硬質アルマイト加工を施しました。

さて、壁面は押出成形でクリアすることができましたが、残る暖簾と天井レリーフはそうはうまくいきません。押出成形で制作できる部材は幅に限界があり、大判の板をつくることができません。また、暖簾のような曲面の加工にも適していないので、暖簾、アルミを扱っている様々な企業さんに相談を持ち掛けましたが、その中で浮上してきた問題がありました。

一つ目はロットの問題です。規模の大きな企業さんほどアルミ生産ラインの効率化が図られていて、そのラインを止めて新幹線再生アルミを手掛け、採算をとるには大量のロットが必要でした。また、アルミを溶かす炉の容量も決まっていて、何10トンというロットが必要なことがわかりました。

二つ目に再生アルミの配分率の問題です。新幹線再生アルミを活用していると訴えるには、出来る限り再生アルミの配分率を高くしたいのですが、相談した企業様からは「2%程度しか配分できない」という回答も返ってきました。

そして三つ目が設備に関する問題です。自社の溶炉に新幹線再生アルミを入れて問題が起こるのではないか、と心配される企業様も多くみられました。また、規格品と違う成分のアルミを炉に入れる場合、一度、炉を洗浄してから新幹線再生アルミを入れ、生産後に再び炉を洗浄する必要があるのでコストと納期が大きなネックになりました。本来、新幹線再生アルミは純度が高く優れたアルミ材なのですが、不明確なリスクを承知で引き受けていただける企業さんがなかなか見つからず、時間だけが過ぎていきました。

日本の伝統的技術に活路を見出す

そんな中で、暖簾の制作に関して日本の伝統的な技術を有する企業さんが救世主として現れました。社寺仏閣で使う装飾品や仏像などを「鋳造」といわれる技術で手掛けている京都・宇治の金井工芸鋳造所様です。何度も工場にお伺いして、新幹線再生アルミにかける熱意をお伝えし、最終的にご協力いただけることになりました。

「鋳造」とは、最初に木型をつくり、その木型を基に砂型をつくり、そこに溶かしたアルミニウムを流し込んで部材をつくる工法です。つくった木型どおりのアルミ部材が出来上がります。木型の確認のために何度もデザイナーと現場まで行き、軽く見せるためにはどうしたらいいか職人さんと相談しながら、試行錯誤の末、先端を薄く削ることで解決しました。

新幹線再生アルミはとても硬いものなので、砂型の奥まで融けたアルミが流れ込まない可能性があったので、他のアルミ材料と合わせて溶かしています。再生アルミの配分率ですが、最初、工場からは20%程度と言われていたのですが、何度も掛け合って50%にまで挑戦していただきました。この工法で180枚の暖簾を制作しました。「何とかしたい」という強い思いを本気で伝えることで、賛同していただける人が増えていくことを感じました。

1円玉、キッチンウェアの加工技術を応用

最後はレリーフです。柱巻き上部と天井には、八重桜のデザインを浮き彫りにした薄いアルミ板が必要でした。この制作には「圧延(あつえん)」という工法が必要なことが分かり、ご協力いただける企業さんを探し、見つかったのが1円玉(厳密に言うと刻印は造幣局が行うため1円玉になる素材)やヤカン、アルミバット、トレイなどのキッチンウェアを「圧延」技術で製造している東京・練馬のアカオアルミ株式会社様でした。

「圧延」の工程は、まず新幹線再生アルミのビレットと加工前のアルミニウムの延べ棒を混ぜて溶解し、スラブ材と呼ばれるブロック状の材料をつくります。それを徐々に薄く延ばしてアルミ板を制作します。今回は厚さ3㎜の薄い板材をつくり、レーザーカットで八重桜のデザインをくり抜き、塗装を施しました。ここでもデザイナーと現場に何度も訪れ、どのようにしたら立体感がでるか、塗装で光沢感を出すにはどうしたらいいかを相談しながら作業を進めました。

このように、今回のプロジェクトは「押出成形」、「鋳造」、「圧延」の三つのアルミ加工技術を駆使して完成させました。「新幹線再生アルミの活用」と一言で言ってもそれを実現するためには、多様な日本の技術と各社のものづくりに対する情熱が必要でした。

安全性の確保に対する検証

こうして無事、新幹線再生アルミで建材を制作することができました。次に行ったのは安全性の確認です。施設ができる場所は毎日多くの人が移動する通路に面しており、安全性の確保も最重要の課題となっていました。そこで乃村工藝社の新木場トレーニングセンターに1分の1のモックアップを制作し、関係者様にお越しいただき、安全性、品質の確認を行いました。同時に建材を制作する工場検査も綿密に行い、危険箇所がないか、仕上げ品質に問題はないかを施主様、設計会社様と連携を取りながら実施し、2020年8月に無事オープンを迎えることができました。

人々の東海道新幹線700系への想いが生きる空間

私の方から概略をご説明しましたが、制作サイドの視点について西岡からお話したします。

西岡
このプロジェクトを通していちばん感じたことは、アルミという材料の取り扱いの難しさでした。東海道新幹線700系に使われているアルミ合金は非常に剛性に優れた6000番台という規格のもので、押出成形には向いているのですが、鋳造や圧延の加工にはあまり適さない材料でした。当初は暖簾や天井レリーフも押出成形でなんとかできないかと試行錯誤したのですが、押出成形では意匠的な制約があり発想の転換が必要でした。そこで鋳造や圧延の工法に取り組んだのですが、この工法には、新幹線再生アルミを一度、溶融させる必要があります。その際、溶かしてどのくらい流動性を高めればいいのかということに対して、初めての取り組みなのでデータがなく、実証実験という形で検証を重ねました。実際に建材を制作していただいた金井工芸鋳造所様やアカオアルミ株式会社様の全面的な協力をいただきながら、限られた時間の中で可能な限り配分率を高め、鋳造で50%、圧延で20%にすることができました。

また、アルミの特性である溶接が難しいということも技術的な大きな課題でした。施工現場はJR駅構内なので火器を使った作業に制約があります。そもそもアルミ自体が溶接の難しい材料です。さらに意匠的な配慮も必要です。一つひとつ意匠性を担保しながら、現場で溶接作業を極力少なくするような納まりと施工方法を検討したのも今回の苦労した点でした。

また、上手くいった点ですが、今回のプロジェクトでは、技術面だけでなく、予算やスケジュール、品質、安全面など数多くの課題がありました。ただ、どのような局面でも発注者である東京ステーション開発様を中心に、設計者である株式会社CMYK様、施工者である乃村工藝社やJR関連工事会社様、それを取り巻く数多くの協力会社様が、このプロジェクトの意義を理解してつねに同じベクトルで課題解決に取り組んだことが成功の大きな決め手だったと思います。

小堀
最後になりますが、2020年3月に行われた東海道新幹線700系ラストランのイベントに主催者側の補助として乃村工藝社も参加させていただきました。このイベントでも新幹線再生アルミが活用され、ラストランにご乗車されたお客様には、新幹線再生アルミを使ったメダルが贈られました。また、新幹線再生アルミで銘板を作成し、ラストランにご乗車されたお客様が署名しました。この銘板は東京ギフトパレットの施設内6ヵ所に設置されています。このイベントでは、お客様の生の声をお聞きすることができ、東海道新幹線700系が、たくさんの人に愛され、心の中に残る大切なものであることをこのイベントを通じて改めて感じました。再生材の活用に留めるだけでなく、東海道新幹線700系が持つ物語的な付加価値を空間に落とし込み、モノ語りがある空間をつくることも、乃村工藝社のできるソーシャルグッドの一つの在り方だと強く感じました。

内装の一部に新幹線再生アルミを活用したザ・ボディショップのジェイアール名古屋タカシマヤ店

※1 発明の名称:アルミニウム製鉄道車両のリサイクル方法、特許出願人:東京ステーション開発株式会社、特許出願番号:特願2019-186881、特許認証日:2020年10月20日
※2 一般財団法人 日本アルミニウム協会 令和元年度日本アルミニウム協会賞 開発賞受賞
※3 GOOD DESIGN AWARD 2021 受賞


たくさんのひとに親しまれてきた東海道新幹線700系が、商業施設で新たな姿となって生まれ変わる。この物語とそこに共感する担当者たちの熱い思いによって、一筋縄ではいかない次々と起こる困難にも一緒に乗り越えてくださる人が増えていったそのプロセスもまた、様々な物語があることを感じるプロジェクト紹介でした。再生、再活用には時に課題にぶつかることもありますが、論理だけではなく感情を揺さぶられるようなストーリーや熱意が、前例のない事例を作っていくのかもしれません。ノムログでも、今後もそういった裏側の物語をお届けしていきたいと思います(ノムログ編集部)

文:岩崎唱/写真:安田佑衣

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“空間と体験”を追求するチーム
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