オフィスとまちをつなぐのはセレンディピティ。 田中元子さんと語るセミパブリックの可能性

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グランドレベル田中元子さん×乃村工藝社プランナー乃村隆介、
 “働く場”と“生活の場”をつなぐためにできることを語る。

「お台場のグランドレベルは2階にあり!?」という乃村工藝社が立てた仮説を検証すべく、お台場のまちを歩いたグランドレベルの田中元子さんと、乃村工藝社のプランナー乃村隆介。(まち歩き編の様子はこちら

じっくり1時間かけて歩いた後は、乃村がクリエイティブ・ディレクターを務め、2021年3月にオープンした乃村工藝社の社員のためのコミュニケーションスペース「RESET SPACE(RE/SP _2)」へ。「ユニークパーク」をコンセプトに、人を起点としたコミュニケーションを創発するため、プライベートとパブリックの中間領域「セミパブリック*」を意識してつくられました。
*セミパブリックとは、家の中(プライベートスペース)と、外(パブリックスペース)の中間のような位置づけとなる場所のこと。

乃村が企画を担当したこの場所で、ポラロイド写真をチェックしながらまち歩きを振り返ります。

すっかり打ち解けた様子のふたりの口から、どんな話が飛び出すのか――。対談編のスタートです。
【取材実施:2021年10月/演出上の都合により、一部、撮影時のみマスクを外しております】

まち歩きで見えた、“働く人”と“生活する人”の距離感

――今日お台場を歩いてみて、どんな風に感じられましたか? 

田中
「こんなにもいいところだなと思いながら、お台場で過ごした経験は今日が初めてかもしれないです」

乃村
「ホントに!? それは嬉しい」

田中
「しかもほぼお金を使わなくても、こんなに楽しい場所だと思えるなんて……正直、意外でした」

乃村
「わかります。お台場は消費のまち――そんなイメージを持つ人が多いかもしれないんですが……。先ほどレインボー公園に行って、元気いっぱいに走り回る子どもたちを見ていたときに、お台場に日常ってたしかにあるんだと感じられて。歩いてみたからこそ、ハレ(非日常)からケ(日常)というまちのグラデーションがよく見えた気がします」

田中
「日常のそういう風景や顔があるからこそ、まちらしさって出ると思うんです。それから、今日歩いていて感じたのは、自然がとても美しいということなんですね。お台場を“新しい人工的なまち”というイメージでとらえている人もまだまだ多い気がする。でも実際に歩いてみて、自然の美しさを充分に堪能できるまちだと感じました。お台場はもう真新しいピカピカしたまちではなく、成熟したまちになっている。今後、そのあたりはもっとアピールしてもいいのではないでしょうか」

乃村
「そうですね。ちょうどコロナをきっかけにして、自然の中で息抜きをするということがいかに重要か、見直されている時期でもありますから。それから、僕が今日改めて感じたのは、このまちは “働く場”と“生活する場”がやっぱり大きく分断されているんじゃないか、ということ。これをつなぐということをやらなければきゃいけないし、それが乃村工藝社の今後の使命なんだろうとも感じました」

田中
「20世紀までは働く場所はオフィスビルの中で、きちんとスーツを着て、というスタイルが主流でした。ひとりひとりの個性は問われず、単に一社員であればよかったんですよね。でも、コロナ禍をきっかけに、少しずついろんなことが変わっていくのではないかと考えています。今後は一社員ではなく、ひとりの人間としての判断と感性が会社の利益になる――そんな時代になるのでは? だから “働く場” “生活する場”という分断は、どんどんゆるくなっていく気がします。」

『お台場のグランドレベルは2階にあり!?』の答えは?

乃村
「今日はビッグサイトで展示会があったから、あのあたりはスーツの人たちがたくさんいましたよね? でもそこを少し過ぎれば、ちょっとおしゃれをして遊びに来ている若い学生さんらしき人たちもいて。またそこを過ぎれば、普段着でベビーカーを押しているママとお子さんがいて……場所だけではなく、スーツから日常着までと、人の様子にもグラデーションがあって。そんな発見も新鮮でした。これだけお台場で働いてきたのに、気がつかなかったな」

田中
「お台場は道幅がとても広く、建物も巨大で、エリアが拡散していますよね? だから、いろんな属性の人がいるということを視界の中に取り入れる機会が少なかったのかなと思います」

乃村
「そうかもしれないですね。そうそう、とにかく建物が大きいのがお台場だ! と僕も思い込んでいたのですが、今日実際に歩いてみると、そこまで巨大さは感じないような気がしたんです。たしかに1階の道幅は広い。でもデックス東京ビーチのデッキあたりは快適でとても歩きやすいから、ヒューマンスケール*だと言えるかもしれないなと感じたのですが……いかがですか?」
*ヒューマンスケール:人が暮らすうえで、落ち着きをもつことができる大きさ(NPO法人家づくりの会ウェブサイトより)

田中
「それは私も感じました。住民の皆さんが利用する2階も含めて、空が抜けて心地よく、車が来ないからとにかく歩きやすいですしね。ですから、『お台場のグランドレベルは2階にあり!?』という今回のテーマに関しては、もう仮説ではなく、その通り! 正解だと思いますよ」

お台場のコミュニティの核づくりを考える

――ありがとうございます。では、いま分断されてしているように感じられることもある “生活する場” と“働く場”をつなげるためには、なにをすればいいでしょうか。

田中
「人の視界って140度ぐらいで狭いんですよね。そこにバンっと飛び込む風景の中になにを入れるか……つまり1画角をどうするかがすごく問われるんです。駅から出てすぐの場所を、イメージしてみてください。その1画角にベンチがあるとしたら? 集う人も増えるんです。でもなにもなければ、駅から出てそれぞれの場所に散っていってしまう。だから1画角をどうするか、なにを集中させてなにを分散させるのか、そのあたりはお台場ではまだ考える余地はあるかもしれません。ねえ乃村さん、お台場で屋台はやらないんですか?」

乃村
「そう、屋台(笑)。さっきまち歩きでも話しましたね。田中さんは実際に屋台を経験されていますから」

――フリーコーヒーの屋台ですよね。

田中
「はい。最初は、自分の事務所の中でコーヒーとかお酒を友達にふるまっていたんですよ。するとどんどん友達が飲みに来るようになって、楽しくなり始めて。こんなに楽しいなら、街の中でやりたいと考え、屋台を作って、それで道行く人たちにコーヒーを振舞うようになったんです」

パーソナル屋台で道行く人にコーヒーなどの飲み物をふるまう田中さん    写真:株式会社グランドレベル提供

乃村
「無料なんですよね?」

田中
「はい。1円でもお金をもらってしまうと、それは“買う”という極当たり前の行為に終わってしまう。でも『なんで無料なんですか?』と訊いてくれると、話のきっかけになるでしょ。それが私の収穫になりますから」

乃村
「なるほど。さっきみんなが集中できる場所、お台場のコミュニティの核みたいなものを考えられたら面白いね、と話をしましたね? それが屋台かどうかはまだわからないですが……でも屋台独特の可動性とか軽さはたしかに魅力ですよね。1ヵ所に固定して出すだけでなく、わざといろんな場所に出すとか。『今日屋台が出るところが、みんなが集まる場所だよ』という定義づけができそうだなと」

田中
「その方が面白いですね! そうすると『あの屋台、今日どこに出るかな』『ちょっと探しに行ってみようか』という会話も生まれるかもしれないし。あちこちに出すことで、利用者にとってもお台場の中でいろいろなシーンやいろいろな場所を見られる、いいきっかけになると思います。結果、違う属性の人たちが混じり合うことにもなりますね」

まちを良くすることは、人生の質を高める

――”生活の場”と”働く場”をつなぐコミュニティの核として、例えば屋台を出すとしたら民間企業が主体となるのがよいのでしょうか?

田中
「民間がやる場合は、独自のスタイルでも不公平でもいいというメリットがありますよね。私ね、これだけ多様化している世の中で、ひとつのものをつくり、それに全員が満足するというのはもう難しいと思うんです。だから、たとえば屋台を出すとしたら、いろんな企業や個人が出すほうがいいのでは? 『Aという屋台は好みじゃなかったけど、Bという屋台は好きだった』というように、人それぞれ好みがあって当たり前。結果、いろんな人を受け入れられるようにもなりますよね。そうやっていくうちに、“働く場”と“生活する場”の分断は薄くなると思います」

乃村
「いまうちの会社の前に、お昼にフードトラックが出ているんですよね。毎日3台ぐらい。もともとは、我々社員があまり食べに行くところも近くにないし困ったなということで、誘致してフードトラックに会社の前に来てもらうことにしたんです。最初は弊社の社員ばかりが買いに行っていたんですが、そのうちに隣の会社の社員さんも買いに来るようになり、いまではお台場に住む子ども連れのお母さんたちの姿もあるんです」

田中
「わ~、すでに分断をゆるめているわけですね。セミパブリック の第1弾、御社ではすでに成功しているってことじゃないですか」

乃村
「でもね、ランチを買ってどうするかというと、みんなそれぞれ社内や家庭に持って帰って食べているわけです。だから、もしトラックの近くに椅子とテーブルを置けば……買いに来たいろんな属性の人たちがそこで混じり合うんじゃないかな。それこそがセミパブリック化なのかもしれないから……ちょっと実験的にやってみたいな、考えてみよう」

田中
「ぜひ! そんな青写真を最初から描いていたわけじゃないかもしれないけど、ママとお子さんがフードトラックに買いに来てくれるのを見たとき、嬉しくなかったですか?」

乃村
「はい、嬉しかったですね(笑)」

田中
「でしょ(笑)私、そういうのすごく嬉しいんですよ。私のまちづくりのひとつとして、ベンチプロジェクトというものがあるんです。まちに、誰でも座れるようにベンチを置くんです。そのベンチプロジェクトで、予期せぬお客様が座るのを見られるととっても嬉しいの。『お! 私が仕掛けた落とし穴に、意外なものが引っかかったぞ、しめしめ』みたいな喜びがあるんです」

「TOKYO/JAPAN BENCH PROJECT」左がベンチを置く前、右がベンチを置いた後の様子
ベンチを設置したことで人がたまれる空間になった   写真:株式会社グランドレベル提供

乃村
「それ、わかるような気がするな。人がたまれる場所をつくるのってすごく大事なことなんですよね。このRE/SP_2でもベンチを要所要所に置いていて、それがマグネット効果のひとつになっていると思います」

田中
「ベンチは“座る”という単語だけでは、表すことができない行動があるんです。とにかくみんな、そこに座って言語化できない仕草や動作をしていて、決まりきったことは起きない。それを見られるのもとてもエキサイティングなんです」

乃村
「たしかにそれは楽しそうだな~」

田中「セミパブリックの場所が増えると、まちの人たちにとっては人生の質を変えることになる。私はそう思っています。まちを良くするというのは、まちのためにやっているんのではなくて、人間の人生の質を高めるため。人生の長さは変えられないとしても、質は変えられますから」

セミパブリックとセレンディピティ、地域と企業がつながるメリットとは?

社員の幸せとともに地域の幸せづくりも考える

――最後になりますが、今日ふたりでお台場を歩かれて、「これをやってみたい」と閃いたことってはありますか。

乃村
「屋台! あと、田中さんのベンチプロジェクトのように、まちにベンチを置くというのもやってみたいです。お台場を歩いてきて、意外とベンチが少ないなと改めて感じたので。だから、ベンチみたいに人が寄ってくる場所って、このまちにもっと必要だなと」

田中
「すべての人に『どうぞ』と両手を広げて迎え入れてくれるのが、ベンチ。セミパブリックの最小単位です。優しさが具現化してまちの風景にある。そういうところで暮らすというのは、生きる上で大事なことではないでしょうか。さっき話したような予期せぬ行動や、偶発的な出会いを見られることこそ、ベンチを置く醍醐味ですよ。最近、セレンディピティって言葉が一般的になりましたけど」

乃村
「偶然の出会い、ですよね。最近では素敵な偶然や発見を手に入れること、みたいな捉え方にもなっています」

田中
「ベンチに座ることでセレンディピティが必ず起こる、とはもちろん約束はできないけど……でも素敵な偶然を高める力はあると思うんです。ここに座っていただけでいままで出会わなかったような人と挨拶するようになったり、道を訊かれたことで、なにかが広がったり。そんなふうに、まったく知らない人とお喋りするチャンスが出てくるきっかけになる。ベンチだけではなくセミパブリックの場にそういう力があるんだと感じています」

「RE/SP_2」にもベンチが点在し、社員のマグネット効果に。社員が休憩や食事、会議など思い思いに使い、会話も生まれている

乃村
「実はこのリセットスペースも、セレンディピティを意識してつくったところはあるんですよ」

田中
「ホントに? それこそすごい偶然!」

乃村
「ね! ここを作っているうちに、新しく見えてきたこともあるし、今日もたくさん発見がありましたから。今後は企業と地域をつなげるためにいろいろ新しい挑戦をしていきたいです。まずはセミパブリックを増やすことから考えていきたいかな」

田中
「いいですね。セミパブリックが増えると、企業と地域の両方にメリットがあると思います。地域とつながることで、マーケティングで出てきた画一的な人材像ではなく、世の中には実に多様な人がいるんだということが見えてくる……まず企業側にはそういうメリットがあるかなと」

乃村
「我々の仕事でいうなら、空間の使い手をよりリアルにイメージしながら企画やデザインすることができるので、たしかにそれは大きなメリットですね。そして、使ったり入ったりしてもOKな心地いい場所が増えるのは、そこに暮らす人にとっては嬉しいこと。となると、地域にも大きなメリットになりますよね。社員の幸せづくりを考えるのならば、地域の幸せも一緒に考えたほうが結果的に社員の幸せにつながることになるんじゃないかな……。やはり乃村工藝社のソーシャルグッド*活動はお台場からも始められますね」

*ソーシャルグッド:乃村工藝社では、持続可能な社会を実現するため、事業活動を通して幸せなインパクトを生み出す「ソーシャルグッド活動」を推進しています。プレスリリースはこちら

田中
「そうですね。今後もし私になにか一緒にできるようなことがあれば、声をかけてくださいね」

乃村
「もちろんです、ぜひ! 今日は長時間本当にありがとうございました。楽しかったです」

田中
「私もとっても楽しかったです」

――ありがとうございました。

*記事化にあたりご協力いただいた地域のみなさま、ありがとうございました。
(企画:岡村有希子・市川愛・横田智子/文:源 祥子/対談写真:安田 佑衣)

田中 元子(たなか もとこ)/写真右
株式会社グランドレベル代表取締役。建築分野でのライターを経験後、16年「1階づくりはまちづくり」をモットーに、豊かな1階づくりに特化した株式会社グランドレベルを設立、コンサルティングやプロデュースなどを手がける。18年私設公民館として「喫茶ランドリー」開業。19年より「TOKYO/JAPAN BENCH PROJECT」を始動。街中にベンチを増やす活動のほか、ベンチの共同開発やブランドの立ち上げなどにも携わっている。

乃村 隆介(のむら りゅうすけ)/写真左
商業施設の開発、地域活性化、ワークプレイスなどさまざまな分野でお客様の課題解決に取り組み、コミュニケーションを構築・空間化することに注力している。5年、10年後の未来や空間デザインをヒューマンスケールで考え、新たな領域を開拓しながら、企画構想段階からデザイン・施工フェーズまで一貫したクリエイティブ・ディレクションを担う。直近の実績は緑茶・農業・観光の体験型フードパーク「KADODE OOIGAWA」(2020年)、乃村工藝社のオフィスリニューアル本社「RESET SPACE」(2018年)、新オフィス(RESET SPACE_2など)(2021年)。

乃村工藝社のワークプレイス特設サイトでは、RESET SPACE_2をはじめオフィス改装事例をご紹介しています。セミナーアーカイブではRESET SPACE_2の効果も含めデザイナーがご説明しています。(配信期限2022年2月28日)
詳しくは以下をご覧ください。
https://www.nomurakougei.co.jp/workplace/

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“空間と体験”を追求するチーム
プロの目線で“空間と体験”の可能性を切り取ります

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