“デザインをあきらめない” 障がいに関わる空間づくりの可能性

ノムログ編集部
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障がいや福祉に関わる空間づくりでは、機能が優先され、デザインが置き去りにされる場合も少なくありません。このセッションでは、障がいや福祉に向き合いながらデザインの可能性を探ってきた、パラ卓球協会広報の立石イオタ良二さんと乃村工藝社クリエイティブ本部の山口茜が、事例を紹介しながらソーシャルグッドにつながるデザインの可能性について話し合いました。

本稿は、乃村工藝社グループの「ソーシャルグッド」なプロジェクトをご紹介するイベント「ソーシャルグッドウィーク 2021」のレポート記事です。

*「ソーシャルグッド」の詳細はこちら

乃村工藝社グループが考えるソーシャルグッド(前編後編
*「ソーシャルグッドウィーク2021」のレポート記事一覧はこちら

PARA HEROes展 & 太陽ミュージアム

一般社団法人 日本肢体不自由者卓球協会(パラ卓球協会) 広報ディレクター
立石 イオタ 良二さん

元卓球選手、全日本卓球選手権ダブルス7位。家業を継ぐために選手を引退。生まれつき障がいを持つパラ卓球日本代表選手の兄を持つ。パラ世界卓球選手権日本代表監督、リオ・パラリンピック日本代表コーチ、アジアパラ競技大会日本代表コーチを歴任。現在、兄のコーチを務めながらパラ卓球協会の組織を再構築し、広報部を立ち上げスポンサーセールス、ブランディング・マーケティングに注力している。

乃村工藝社 クリエイティブ本部
山口 茜

2001年、乃村工藝社に入社。様々な企業のプロモーション空間や企業ミュージアムにおいて、空間の在り方を考える企画から空間デザインまでのディレクションを行う。2015年よりオリンピックやパラリンピック関連の多くのプロジェクトに参画したことが契機となり、ダイバーシティやSDGsなど、社会課題に向き合うプロジェクトに積極的に関与している。

誰もが共に生きることを考える場所

山口
障がいや福祉に関わる空間づくりにおいてはデザインが置き去りにされ、デザインを依頼することが過度な投資と思われていると感じるところがあります。今日は、私が携わった「太陽ミュージアム」と「PARA HEROes展」の2つの事例を通じて、障がいや福祉における空間デザインの可能性についてパラ卓球協会 広報の立石イオタ良二さんと話し合えたらと思います。

最初にご紹介するのは、大分県別府市亀川の「太陽ミュージアム」です。このミュージアムは、日本パラリンピックの父と言われている中村裕先生が提唱した“No Charity, but a Chance!”(保護よりも機会を)の精神を伝えるためのものです。中村先生は、1964年のパラリンピック東京大会で選手団長を務めた方です。大会で、海外の選手は誰もが職業を持っていて試合が終わったら家族と旅行に出かける、日本の選手は試合が終わったらそのまま施設に戻るしかない、という現実を目の当たりにして、これではいけないと1965年に障がい者自立のための施設「太陽の家」を設立しました。「太陽ミュージアム」は50年以上にわたる「太陽の家」の挑戦を伝えながら、施設のある別府市亀川の中に育った共生社会を紹介し、共に生きることを考えるミュージアムとして2020年7月にオープンしました。

2020年7月にオープンした太陽ミュージアムの外観

「太陽ミュージアム」は障がいをテーマにしたミュージアムですが、苦難の歴史として伝えるのではなく、ポジティブな社会への挑戦と伝えることを大切にしました。障がいの有無によらず、自分らしく生きることはすべての人の願いです。誰もが自分らしく生きることを考える場所、本当の共生社会を考え、さらに一歩踏み出そうと背中を押してくれる場所になることを心がけて空間づくりをしていきました。

中村先生の言葉を各コーナーサインにしています

太陽の家の利用者さんとのワークショップを通して創った椅子や展示

パラアスリートの生きる足跡を、アートで記録

山口
ここからは、立石さんとPARA HEROes展のことをご紹介していきます。

立石
PARA HEROes展は、パラ卓球の認知を高めみんなに関心を持っていただくために、これから世界に出ていく若手アーティストたちとのコラボレーションにより、パラ卓球をアートにしようと考えました。スポーツの試合では、同じプレイは二度とできません。その瞬間、瞬間が100%自分自身の表現です。スポーツは瞬間芸術だと私は思います。それはパラスポーツでも同じこと。そこでパラアスリートの生きる足跡を、アートで記録するというテーマを考えました。

PARA HEROes展では、4人のアーティストとコラボレーションしました。一人が人形アーティストで伝統工芸の博多人形師である中村弘峰さん、もう一人が油彩画家の飛島達也さん、そして、ニューヨークのBlue Note最年少リーダー録音記録を未だに保持しているピアニスト/作曲家の松永貴志さん、女性写真家の松井文さん。4人には、選手たちの合宿に来てもらったり、試合を観てもらったりして、実際にパラ卓球から何かを感じてもらい作品を制作していただきました。その制作過程もドキュメンタリー映像にして、会場でビデオアートとして流しました。

 

PARA PINGPONG ART PROJECT 人形師・中村弘峰
「踏み出した一歩は、どんな障害も超えられる」

 

PARA PINGPONG ART PROJECT 画家・飛島達也
「すべての一瞬に、人生のストーリーがある」

 

PARA PINGPONG ART PROJECT ピアニスト・松永貴志
「ジャンルにとらわれない。だからどこまでもいける」

立石
私は、兄が障がい者であることから家業を継ぐことになり、卓球選手をやめたので、どこかで不完全燃焼というか劣等感みたいなものを持ちながら仕事に向き合っていました。しかし、兄のコーチとして海外遠征したときに、両手がなく口でラケットをくわえて卓球をしている選手を見ました。それを見たときに、五体満足な自分が不完全燃焼だとか劣等感だとか思い悩むのはもうどうでもいいと感じました。人の心を変えるのは難しいことですが、私はそのパラアスリートに一瞬で心をつかまれ、心を変えられてしまいました。彼らには、こんな素晴らしい力があると強く感じ、それをしっかりと一般の人たちに伝えていくことが自分の役目だと確信しました。

山口
実は、このPARA HEROes展のお仕事の相談を受けたのは、開催の1ヵ月ぐらい前だったのですが、立石さんから夜中に切実なお電話を受けて、時間も予算もなかったので私もすぐに上司に相談し、どうしたら実現できるだろうと考えました。結果的にトライアルなケースですがデザイン費を協賛するかたちにして、その代わりに乃村工藝社のクレジットを入れさせていただくということで実行に移せました。

コンセプト構築からデザインまで3時間で一気にやって、でも時間と予算がないことを言い訳にしたくないという思いが強く、ギュッと内容の濃いプロジェクトになりました。立石さんからサステナブルというコンセプトも入れたいというお話もあったので、「UNCOATED」というデザインコンセプトを立てました。アーティストが素のままでパラ卓球に向き合ったように、何のコーティングもされていないということをテーマにし、アート作品を通してパラ卓球に先入観なく向き合えるようにしました。

サステナブルな視点でいうと、展示会場では3×6板という定尺のパネルを使用しますが、初めからそのモジュールだけを使い、再利用することを前提にして、その中でデザインをした結果、足元が開いているなどユニークな空間になりました。また、こういった展示では外光が入らないようにするのですが、あえて外光が入るままにしました。天気によって見え方が違ってくる、自然の光がこの空間に表情を与えてくれました。

デザインは贅沢品?それとも必要なもの?

山口
「太陽ミュージアム」の仕事で気づいたのは、自分が障がいに対して、知らないうちに先入観を持っていたことです。障がい者に関わる空間をつくろうというとき、真っ先に私の頭の中に浮かんだのは、色ならピンクやベージュで、形なら角が丸い、とにかく優しい、柔らかいイメージでした。そのときに「おや?」「これは何だ?」と思って、自分の頭の中を埋めたイメージに対して驚きました。私自身、障がいや福祉にすごく先入観を持っていたことに驚きました。

障がい、福祉と聞いて最初に思い描いたイメージ

良かれ、と思って優しく、柔らかく、刺激がないようにつくったものが、果たして利用者が求めているものなのかとても疑問に思いました。ちょうどこの頃、インクルーシブデザイン※を学び始めていて、インクルーシブデザインのことを知らなかったら、このままのイメージで進めていたかもしれません。もし、私の身近に障がいのある人がいたら、こういう先入観はもたなかったと思うのですが、立石さんはどう思われますか。

※インクルーシブデザイン=これまでデザインのメインターゲットから排除されてきたユーザーを積極的にデザインプロセスにインクルード(包括)するデザインコンセプト。

立石
そうですね。私は両親の教育方針もあったので、障がいがあるから分け隔てするということはなかったです。ただ、障がいは弱点や治すものではなく、障がいという個性だということはしっかり教えられました。これはできる、これはできないという区分けをして育ったので、障がいに対してネガティブなイメージは持っていません。

山口
この先入観は、思いやりの気持ちから出ていて、良かれという思い込みが強くなり無意識のうちに線引きをしてしまっていたのだと思います。

立石
その先入観、気遣いが邪魔をしていて、障がい者の側でも気遣いに対して恐縮してしまいます。自分でできることでも、相手が良かれと思って手伝ってくれるのだから断ったら悪いなと思ってしまい、遠慮し合ってなかなかわかり合えないということがあると思います。

山口
私も先入観が邪魔をして距離をつくってしまっていると感じます。一方的な思い込みが世界に線引きをしてしまっているのですね。

立石
いちばん大事なことは相手を知るということですね。私はパラ卓球の選手たちをアスリートとしてリスペクトしていて本当にすごい! と思っているので、試合を見て感動して涙することもあります。パラ卓球のちょっとした魅力を知ることで、皆さんも私と同じように何かを感じ取れるようになり、障がい者とそうでない人の距離を縮められるのではないかな。ソーシャルグッドを実現するためには、お互いをよく知ることが大切だと思います。

山口
ここで話を空間デザインに戻すと、障がいの有無に関わらず、気持ちのいい空間って絶対あるはずだし、障がいがある人も快適な空間に対する欲求があるはずで、それは私たちと変わらない。でも先入観によって、例えば福祉施設らしいデザインをしようと、誰にも言われていないのにそうしてしまう。
デザインに余計な“らしさ”はいらないんだなって思います。逆にデザインを変えていくことで、それまであった先入観を取り払い、無関心だった人たちとの距離を縮めることもできると思っています。

立石
私の最初のブランディングプロジェクトがパラ卓球のホームページの刷新だったんですけど、障がい者らしい写真ではなくて、アスリートとしてかっこいい写真をどんどん載せていきました。一目見たら障がい者の卓球のホームページとわからなくてもいい。デザインは見た目が大事なので、見た目から入るのはとても大事だと思います。

山口
大事なことを伝えようとしていても、第一印象で距離を置かれてしまうのはもったいないですね。いいデザインには、一歩近寄ってもらう力があると思います。

デザインを諦めないために

山口
いままではデザインをする側の先入観の話をしてきましたが、太陽ミュージアムの仕事で感じたのは、太陽の家側にもデザインに対する先入観があったことです。デザインは贅沢品、という感覚をもたれていたような気がします。
一つエピソードをご紹介すると、太陽ミュージアムのロゴは、最初はWordで打てることが条件で、何でもない普通の書体でした。ロゴは施設の顔になるものだから、これじゃだめですよ、と勝手にロゴをデザインして持ち込みました。ロゴ案を見せて、デザインがわからなくてもいいから、これについて何か意見を言ってくださいとお願いすると、いろいろ意見が出てくる。デザインへの欲求がないわけではなく、どこかで抑制する、そんな思い込み、先入観があったのだと思います。最終的に1年半をかけて今のロゴに決まりました。今では施設の人たちもこのロゴをとても大切にしてくれています。

立石
興味がない人を見た目で巻き込みより深いコンセプトを心に落とし込む力が空間デザインにはあると思います。今回のPARA HEROes展でそれをすごく感じて、デザインは本当に必要なことで、妥協してはいけないことだと思いました。

山口
来場者だけでなく、中の人の意識も変えることができるので、どうせつくるのならとことんデザインにこだわったほうがお得ですよ! と提言したいです。

立石
PARA HEROes展でもそうでしたが、パラ卓球のホームページでも、それまで選手たちが自分から情報を発信することはなかったんですが、ホームページがかっこよくなった瞬間にTwitterやInstagramでみんなつぶやき始めました。外から来てくれた人にどう見てもらうかも重要ですが、中の人たちにどう感じさせるかもデザインに含まれる大きな要素ですね。

山口
デザインによって、人の先入観を変えることができるし、誰かに伝えたくなる、招きたくなるようにもできます。だからデザインを諦めないでほしいと思います。

とはいえ乃村工藝社グループは、デザインに関心がある会社からお仕事を頼まれるケースが多いので、デザインに距離を置いている人たちと接する機会が少ないのですが、実はデザインと縁遠い領域の会社や仕事ってたくさんあって、そういう人たちがデザインを諦めないように何かできないかなと思います。一つはPARA HEROes展でやらせていただいたデザイン協賛という形。それと、これは私個人の勝手な思いですが、乃村工藝社グループには380人ほどのデザイナーがいるので、一人ひとりがその会社の提携デザイナーの形でアドバイスだけでもできるシステムはつくれないかなと思います。デザインを諦めさせないために、デザインの駆け込み寺の役目を果たすのもソーシャルグッドになるのではないかなと思います。


「誰もが自分らしく生きることを考える場所とは?」「先入観を変えるためには?」「デザインを諦めないためには?」障がい・福祉をテーマとした多数の空間づくりを経験したデザイナー・山口だからこそ、生まれた気づきと想いが詰まったセッションとなりました。立石さんの「興味がない人を見た目で巻き込み、より深いコンセプトを心に落とし込む力が空間デザインにはある」というお言葉を励みに、乃村工藝社らしいインクルーシブデザインのカタチを探っていくための大きな出発点となりました。(ノムログ編集部)

文:岩崎唱/写真:安田佑衣(イベント時)

【お知らせ】
『PARA HEROes展』の第2弾が2021年8月17日~29日まで開催されました。乃村工藝社グループは継続してデザインワーク協賛し、山口茜と大西亮が展示企画・会場デザインを担当しました。

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“空間と体験”を追求するチーム
プロの目線で“空間と体験”の可能性を切り取ります

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