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- 下國 由貴
2025年4月にオープンした、アマミノクロウサギミュージアムQuru Guru(くるぐる)。
ここは、ケガをしたアマミノクロウサギ(以降、「クロウサギ」)の治療やリハビリを行い、野生復帰を目指す保護研究施設でありながら、体験型の展示を通じて、クロウサギの生態研究や環境教育の取り組み、人との共生についても楽しく学ぶことができます。
私たち乃村工藝社は、本施設の展示づくりとミュージアムグッズ開発をお手伝いしてきました。
前回の記事では、グッズ開発についてご紹介しましたが、今回は施設そのものについて名誉館長である山田文雄先生との対談形式でレポートします。(取材日:2025年4月21日)
アマミノクロウサギミュージアムQuru Guru(くるぐる)ミュージアムができる!地元の経済活性化につなげたい!エピローグ
施設名称 Quru Guru/くるぐるについて
「くるぐる」とは、奄美の方言で「黒々とした」という意味で、クロウサギの黒褐色の毛色にちなんでいます。また、保護したクロウサギが森に帰り、親から子へと命がつながり、「ぐるぐる」と巡っていく願いも込めたネーミングになっています。

Quru Guruの頭文字QとGをかたどったロゴマークは、クロウサギの親子が寄り添う後ろ姿を表しています
では、名誉館長の山田先生とQuru Guruについてお話ししていきましょう。
ウサギに関する研究の第一人者 山田文雄先生と話す「奄美の生態系」

山田文雄先生
アマミノクロウサギミュージアムQuru Guru名誉館長、沖縄大学客員教授。国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所の研究者として、野生動物の生態と保全管理の研究に40年ほど従事。ウサギ類の研究では、基礎生態や対策研究を発展させ、日本の哺乳類学および保全生態学に貢献。奄美琉球では、希少哺乳類(アマミノクロウサギやトゲネズミ類)と外来哺乳類(マングースやイエネコ)の研究のパイオニアとして新たな研究分野を切り開き、保全研究や行政の対策の基盤を築いた。 マングース根絶成功(2024年環境省宣言)では、当初から関わり30年にわたり成功に貢献した。著書に「ウサギ学 隠れることと逃げることの生物学」「ちかくにあるいのち図鑑 ウサギ(監修)」「日本の外来哺乳類 管理戦略と生態系保全(編著)」など。
完成したばかりの「くるぐるひろば」にて山田文雄先生(左)と
下國:
展示設計がスタートした2021年に山田先生とオンラインでご挨拶してから4年。ついにQuru Guruがオープンしました。山田先生に監修いただいたことで、施設が伝えたいメッセージやグラフィック、映像もかなり充実した内容になっています。ありがとうございました。
はじめに、クロウサギについて伺いたいと思います。
山田先生:
まず、ウサギの仲間は、極地から熱帯まで広く分布しており、世界で約90種います。小さな身体でネズミのような見た目のナキウサギ科29種と、ウサギ科の中でも短い脚で穴暮らしに適したアナウサギ類31種、および長い脚で野を駆けるノウサギ類32種に分かれます。
アナウサギ類の中でも、広い地球上で、奄美大島・徳之島というほんの小さな島でのみ生息し、独特の進化を遂げたのがクロウサギです。
クロウサギは、耳が小さくて、目も小さく、手足も短い。そして体毛が黒い。
これは、亜熱帯の森に適応した進化の形なんです。
ケンタ(オス)は2017年3月27日に宇検村田検で保護。傷の具合から、ネコに襲われた可能性が高いとされている
治療過程の経過を飼育下で診る必要があると判断され、Quru Guruの屋内飼育場「よるにわ」で飼育
下國:
クロウサギは、「生きた化石」と呼ばれているように、原始的な姿を残したまま現代に生きる奇跡の動物なんですよね。
夜行性で、短い手足と頑丈な爪は、穴を掘ること、斜面を移動することに適しています。耳が短いのも土の中で暮らすときに邪魔にならないから。一般的なウサギは鳴き声を発しませんが、クロウサギは「ピィ―」と高い声で鳴くことで、仲間とコミュニケーションを取るユニークな生き物ですね。
夜間に車で移動するときや夜の森を観察するナイトツアーに参加すると、道路脇に佇んでいるクロウサギをかなりの確率で見かけます。
元々警戒心が薄いようですが、保護の甲斐もあって最近は遭遇率が高くなりましたね。
山田先生:
人を見ても驚かないし、逃げないですね。クロウサギはかなりおとなしいです。
奄美大島には、そもそも肉食の哺乳類がいない。そういう島に生息しているので、捕食されるという経験がありません。音声コミュニケーションを残していることも、肉食哺乳類がいなかったためです。
ほかのウサギでは淘汰された原始的な特徴が、クロウサギでは残っているのです。
「襲われる」という経験が少ないため、警戒して逃げる本能が強くないのです。
下國:
車を止めて窓越しに見ていても、すぐには逃げず、「見慣れないやつがいるぞ?」という感じで、こちらを見てたりしますよね。素朴な様子がとてもかわいいです。
肉食の哺乳類がいない奄美大島、という特殊な島の成り立ちと、独特の生態系が形成される関係については、展示でも詳細な解説をしています。

クロウサギの生態や島の人々との関わりを遊びながら学べる「くるぐるひろば」
撮影:澤近勝利
Quru Guruの屋外飼育場「ひるにわ」が完成し、2025年2月18日にQuru Guruにお引っ越しした
ユワン(オス)は2021年2月8日に交通事故に遭い、宇検村の県道上で救護され、島内の動物病院で治療・入院
同年6月28日から鹿児島市平川動物公園で飼育。事故の後遺症で右後足が不自由となり、野生復帰がかなわない
山田先生:
約700万年前のことになりますが、日本列島はユーラシア大陸の一部でした。
クロウサギの祖先もユーラシア大陸の東部に生息していた形跡があります。
その後、地殻変動によって大陸にくぼ地が発生し、やがて海になり、奄美群島を含む島々(中琉球)が分離されて、中琉球にクロウサギの祖先が取り残されました。
その後、今から約170~130万年前までに、中琉球は完全に孤立し、大陸にいたクロウサギの祖先は絶滅したと考えられています。
その後、さまざまな奇跡が重なり、今では奄美大島と徳之島でのみ、クロウサギが生き残りました。
島が分離した時期に、キツネやイタチ、ネコ科の祖先など肉食の哺乳類は奇跡的に侵入しなかった。よって、肉食の哺乳類が生息していない島となったんです。
そして、約3万年前から人が奄美に住み始めますが、クロウサギなどの島の生物を絶滅させず、森林も残してきました。このような島は世界的にも珍しく「奇跡の島」と呼ばれています。
しかし、近年になって、「人」という存在が島の生態系に大きく関与し始めます。
人がハブを駆除するためにマングースを持ちこんだこと、ペットのネコを放し飼いにしたことで、クロウサギはあっとういう間に数を減らしました。警戒心の薄い小動物が「何か来たぞ」と気づいたときには、バクッとされてしまうんです。それまで襲われることもなく、のんびり平和に暮らしていた生き物たちの生態系のバランスが、現代の人間活動や外来生物の影響で崩れたんですね。

奄美大島における本来の生態系サイクル図と、人の登場でバランスが崩れた生態系サイクル図の展示
撮影:澤近勝利
撮影:澤近勝利
奄美の夜の森を再現した「くるぐるの森」。特殊なライトを懐中電灯代わりに使い、夜の森の生き物を探し出す、ハラハラドキドキの冒険が楽しめる
※実際のナイトツアーでは一般的な懐中電灯をお使いください
下國:
奄美大島の危険な生物=ハブ、という一般的なイメージがありますが、先生と一緒に展示をつくってきたことで、ハブへの理解度も上がりました。
捕食-被捕食の関係で言うと、ハブはクロウサギだけをエサにするための進化はしていない。動くものや熱を放つものであれば、何にでも反応して噛みつく習性があるだけで、「クロウサギの天敵はハブである」とは言い切れない。
山田先生:
そうです。ハブが狙うのは、主にネズミ類、カエル、トカゲ、イモリなどです。
哺乳類は体温がおおむね37℃程度のため、ハブはその熱に反応し、獲物であると認識し、反射的に飛びかかって噛みつき、毒を入れて動けなくさせて飲み込みます。
ネズミくらいだと一気に飲み込んでしまいますが、クロウサギくらいの大きさがあると飲み込めない。幼獣くらいなら飲み込めるけど、大きくなると襲っても食べられないんです。
どちらも夜行性ですが、クロウサギはハブの攻撃を避けるために、視界が開けた広い場所で活動しているようです。
だからこそ、夜間の道路で人間によってロードキルに遭ってしまうのですが…。
下國:
クロウサギとハブ、同じ夜の森でも、活動する場所をうまく棲み分けることで共生が成り立っている、というのがポイントですよね。
「共生関係」というのは、もちろん奄美大島全体の生態系にも影響しています。
クロウサギは、1回の排泄で何十個…日にすると200個くらいの糞を排泄しています。この糞に依存している小さな虫に、オオシマセンチコガネやアマミセマダラマグソコガネというものがいて、前者は奄美大島と徳之島だけに、後者は奄美大島にしか生息していない、大変貴重な生き物であるとお聞きしました。
排泄された糞が虫や微生物によって分解され、土に還り、土壌を豊かにし、人も暮らす奄美大島の森、島全体の土壌を育んでいます。
これもこの施設で伝えたい大切な「自然と人の共生」ポイントです。
山田先生:
生態系の話題で言うと、ほかの植物の根に寄生して栄養を奪うツチトリモチという双子葉植物があります。見た目はキノコに似ていますが、菌類ではありません。
クロウサギが、このツチトリモチを好んで食べており、糞の中に種子が紛れることで、ツチトリモチは生息地を広げている、ということが最近判明しました。クロウサギが奄美大島の生態系に及ぼしている影響について分かっていることは、まだまだほんの一部だと思っています。
クロウサギが好む植物の造形展示(左からヤクシマツチトリモチ、スダジイのドングリ、ホソバワダン)
Quru Guruで保護飼育しているユワンとケンタが好む植生を紹介
展示されている草木は、毎日スタッフが山から採集し、その日にクロウサギが実際に食べている一部を用いたリアルで新鮮な展示となっている
下國:
Quru Guruで保護個体を飼育・観察することが、クロウサギそのものの研究促進や島特有の生態系の発見へとつながっていくかもしれないですね。
山田先生がQuru Guruに望む役割やこういう場所になってほしいという願いを教えてください。
山田先生:
Quru Guruは、大和村という人口1,400人ほどの小さな村が管理する村立の施設です。
開館したばかりですが、これを持続的に維持していかなければならない責任があります。
そのためにも村民に愛され、理解され、信頼していただける施設にしていきたいなと思います。
奄美大島に大きな影響を及ぼしたマングース(人が持ちこんだ)の根絶にも成功し、クロウサギの数も回復しています。一方で、人による直接的な影響となるロードキルが増えたり、人が栽培しているタンカンの木やサトウキビをクロウサギが齧ったりする食害も発生しています。農家の皆さんが悔しい思いをされていることもあり、村や島全体で食害を防ぐ、被害を減らす取り組みをしています。
そういう取り組みをしていくためにも、飼育している個体を島民の方々が観察することで、クロウサギの生態を学び、対策を考える場としても役立ってほしいと思います。
下國:
クロウサギや珍しい奄美の生き物を観察するだけではなく、大和村でクロウサギと共にある村民、そして島民、奄美に関わる方々が、今後どうやって共存していくべきかを具体的に探っていく施設を目指していますね。
私は、Quru Guruの展示づくりのために奄美に通わせていただいて、なんて素敵な島なんだろう!と思う瞬間がたくさんありました。
ナイトツアーで車に乗せてもらいながら夜の森に入ると、ぶわっと土の匂いがしたり、緑の匂いが場所によって変わったりして、五感が覚醒し、さまざまな刺激が全身に染み渡ると、疲れが取れるというか、デトックス効果抜群でした。
奄美に来ると急に眼が良くなるというか…感覚が敏感になるのか、暗闇にいる虫や鳥、小動物をパッと発見できてしまう、というのも面白い感覚でした。
ナイトツアーで森を回っていると、やはり大和村さんがクロウサギと共生するための取り組みをアップデートしてきた変遷も見えました。4年前に来たときは普通の道路でしたが、次に行くと「クロウサギに注意してください」という立て看板が立ち、クロウサギが轢かれないようにフェンスが立てられていたり、クロウサギがくぐり抜けられないサイズのネットが張られていたり、改善されていく様子をいろいろなところで拝見しました。
Quru Guruという施設からのメッセージを、来館者個人個人に発信しつつも、村や島全体の取り組みとして、これからも村や島が行っているような「社会の取り組み」は増えていくんだろうなと思います。
山田先生:
ウサギは草食獣なので、きちんと保護をすれば生息環境にあわせて増えていきます。マングースが多かったときは、クロウサギも絶滅寸前までになりましたが、今は回復してきています。しかし、増えたら増えたで、それなりの問題が出てきます。
私たち人間側が保全や対策をして共生・共存をはかる必要があります。
一方で、「生きた化石」「日本最初の天然記念物」のクロウサギが生息することによって、得られる恩恵もあるわけです。クロウサギが好き!かわいい!と観光に来ていただいたり、この島を理解してファンになってくださる方もいます。そうすると、この島に住みたい、なにか関わりたい、という人が今後も増えていくと信じています。
クロウサギがきっかけになり、この豊かな森、海、自然が魅力的な島だから起こることです。
この施設では、クロウサギを通じて、生き物や自然、そして人も含めた島全体の生態系やその歴史について考える機会にしてほしいと思います。そして、この施設の取り組みを島内外の方々や世界の人たちにも知ってもらい、生き物と人が共に生きようと目指している島のことを理解していただけると嬉しいです。
下國:
山田先生、今日はありがとうございました。
「自然と人の共生関係」については、奄美大島だけの話ではなく、環境変化や人間活動の影響が及ぼす影響が深刻化している日本や世界のどこにおいても、これからの課題ですよね。
命を扱う展示施設の在り方の示唆もいただき、改めて私たちも伝え方・見せ方を考える時間になりました。
これからのQuru Guruの活動が楽しみですね!
【山田先生との対談映像】
先生との対談は、施設内を歩きながらの映像にもまとめましたので、ぜひご覧ください。
「くるぐるの森」では、クロウサギ視点での夜の森を体験する。そのため、ここで出会う生き物たちは実際のおおよそ4倍サイズで来場者を出迎える
愛らしい彼らと適正な距離を保って共生していく未来を探ってほしい

撮影地:アマミノクロウサギミュージアムQuru Guru
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