企画から地域住民と一緒に取り組んだ 誰もが心地よく過ごせる駅舎づくり

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この記事では乃村工藝社グループが宮崎県日南市と行ったJR日南線・日南駅のソーシャルグッドな改修プロジェクトのレポートをお届けします。駅舎を列車を待つだけの場所ではなく、誰もが心地よく過ごせるコミュニティスペースとするために企画段階から地域住民と協力し、空間づくりのプロセスをデザインしていきました。

本稿は、乃村工藝社グループの「ソーシャルグッド」なプロジェクトをご紹介するイベント「ソーシャルグッドウィーク 2021」のレポート記事です。

*「ソーシャルグッド」の詳細はこちら
乃村工藝社グループが考えるソーシャルグッド(前編後編
*「ソーシャルグッドウィーク2021」のレポート記事一覧はこちら


JR日南駅・日南駅コミュニティスペース

宮崎県日南市役所 総合戦略課 宇都敬太さん
2005年、日南市役所入庁。農政課、財政課、内閣府(行政事務研修員として派遣)を経て、2018年より総合戦略課。地域公共交通や移住、空き家対策、新エネルギーなどの地域政策業務に従事。

乃村工藝社 クリエイティブ本部 松本麻里
入社以来ミュージアムのデザインに携わり、育児休業復帰後からこどもとおとなの空間づくりを実践するチームMに従事。空間のジャンルを問わず“安心・安全・快適な、子どもと過ごす空間づくり”の企画デザイン、ワークショップデザイン・ファシリテートを実践している。

歴史と自然があふれる観光の街、日南市

松本
本日は、宮崎県日南市さまからご相談を受け、乃村工藝社グループがお手伝いしたJR日南線・日南駅コミュニティスペースのプロジェクト概要や地域住民の協力を得るためのしかけづくり等のプロセスについてお話します。日南市役所の宇都さんには現地からオンラインで出演いただいています。では、宇都さん、最初に日南市の概要をご紹介ください。

宇都
はい、宮崎県日南市役所 総合戦略課の宇都です。本日は日南駅のコミュニティスペースからオンライン参加させていただきます。

日南市は宮崎県南部に位置し、面積は536平方キロメートル、人口は5万人です。年間平均気温は18.7度、宮崎というと南国のイメージを持たれると思いますが、夏の昼間は陽射しがじりじりするような感じですが、朝夕は涼しく過ごしやすい気候です。

日南市は、広島東洋カープ、埼玉西武ライオンズのキャンプ地としても有名で、キャンプ中は大勢のファンでにぎわっています。観光地としては、鵜戸神宮や世界で初めてイースター島長老会から正式に再現を認められたモアイ像があるサンメッセ日南がございます。また飫肥城下町には昔の町並みが残っていて昭和52年に九州で初めて国の重要伝統的建築物群保存地区に選定されました。

産業は、一次産業が盛んで、スイートピー生産量、一本釣りカツオ漁獲量がそれぞれ日本一。最近ではチョウザメを養殖してキャビアの生産も行われています。
また、「飫肥杉」というブランド杉があります。飫肥杉は、油分が多いため江戸時代には船をつくる弁甲材として活用されていました。


日南市HPより

 

官民連携で地域活性化に取り組む

宇都
乃村工藝社グループと日南市の関わりですが、平成29年に地域活性化に関する包括的連携協定を締結し、地域の発展を実現するクリエイティブ・パートナーとして、飫肥地区の古民家活用など、連携して事業に取り組んでいただいています。さらに、平成30年から令和2年まで地域おこし企業人交流プログラムによる専門員の研究派遣に関する協定を締結し、乃村工藝社グループから社員を派遣していただいていました。現在は、コロナ禍の影響で社員派遣が難しくなったので中止しています。

日南市と乃村工藝社グループは、これらの協定に基づき、飫肥地区の文化財を活用したDENKEN WEEKというイベントや、市が所有する旧小鹿倉(こがくら)家という武家屋敷の利活用事業などに取り組み、地域活性化を図るとともに維持管理費の節減に取り組んでいます。

九州で初めて「重要伝統的建造物群保存地区」(デンケン)に選定された飫肥地区の文化財と芸術・食・音楽のコラボ・イベント。

築140年の武家屋敷「旧小鹿倉家」を民間事業者が温泉旅館に改修して活用。

駅舎を地域のコミュニティスペースに

宇都
今回のJR日南線・日南駅の取り組みをご紹介する前に、JR日南線について少しご説明します。JR日南線は宮崎から日南を通り、鹿児島県の志布志市を結ぶ鉄道です。運行本数は1時間に1本、2時間に1本というような状況です。また、電化されておらず、ディーゼル車なのでスピードが遅く、車の方が目的地に着くのが早いということもあり、車社会の現在では利用者減少が続いています。とはいえ朝夕は多くの高校生たちの通学手段として利用されているので、市としては利用促進を図りながらJR日南線の路線を将来にわたって維持していきたいと考えています。

松本
ありがとうございます。ここからは私から、日南駅を改修するための空間デザイン以前のプロセスについてご紹介します。
日南市様からは、「市民の誰もが過ごせる場所を作りたい」ということと「駅舎リニューアル」という2つの課題をいただきました。そこから、ただ列車を待つだけではない、誰もが心地よく過ごせるコミュニティスペースとしての駅の姿をテーマにして日南駅の改修に取り組んでいきました。コミュニティスペースとしての駅舎の可能性を考えるには、駅利用者である地域住民のニーズをお聞きして設計に活かす必要があります。そこで、企画段階から地域住民がこのプロジェクトに参加できるしかけづくりをしました。その第一歩として駅舎にシールアンケートのポスターを貼りだし、利用者のニーズを探りました。

駅舎内に掲示した質問にシールを貼って答えるポスター。くつろぐ、おしゃべりなどコミュニケーションのニーズがみられた。

また、日南市内の高校全3校が駅周辺に位置し、高校生が駅を利用する主役の一人であることが見えてきました。そこで次のステップとして近隣の高校の全生徒にアンケート調査を実施しました。ここで見えてきたのは、駅舎で「買い物をしたい」という要望が意外に多かったことです。
そして、アンケートに回答してくれた高校生十数名に集まっていただき、フィールドワークとワークショップを実施しました。テーマは「日南駅にあったらいいな」です。まず日南駅にあって欲しいものを教えていただき、それをきっかけにどんな駅舎にしていったらいいかをみんなで考えるワークショップにしました。

高校生と実施した「日南駅にあったらいいな」を考えるワークショップ。

次に日南市の子育て支援センターを利用しているお母さんたちとグループディスカッションをしました。鉄道を利用するしないにかかわらず、駅に「子どもと一緒にくつろげるカフェのような場所が欲しい」、「赤ちゃんがハイハイできるスペースが欲しい」などリアルな声を聞くことができました。

市の子育て支援センターでは、お母さんたちと意見交換。

さらに駅で働いているスタッフと、改修する駅舎にどんな機能があったらいいか、今後の課題は何かということをディスカッションしました。そこでは「お土産品などを売ることができると駅に立ち寄った観光客の皆さまにも喜んでいただけるのではないか」というアイデアもいただきました。

駅で働くスタッフともディスカッション。

そして最後に近隣の高校生、小中学生とその保護者に集まっていただき世代や学年を越えて日南駅をみんなで考える場を設けました。そこでは駅舎を「みんなが集まれる場所にしたい」という意見が多く出ました。そして一人の小学生から「飫肥杉で出迎えたい」という意見を聞けたのが、大きな成果の一つだったと思います。

小中学生から保護者まで、みんなで日南駅のあるべき姿を考えました。

こうして地域住民と一緒に考え、ニーズを把握しながら空間のプランニングを行い、地元のPAAK DESIGN株式会社さんと設計を進めていきました。
ファサードには飫肥杉を使ってサイン計画を施し、列車を待つ時間に宿題をしたり読書をしたりできるテーブルを2台、将来的に物販やカフェができるような大きなカウンターを設置しています。また、小さいお子さんとお母さんが一緒にくつろげる小上がりの和室もつくりました。ほとんどの家具や什器は飫肥杉をふんだんに使ったものにし、木に囲まれた空間を実現しています。

さらにある高校生から出た「本を読める場所にしたい」という要望にお応えして、たくさんの本を置くことにしました。乃村工藝社のグループ会社にアートやデザイン関係の書籍を出している六耀社という出版社があるので、そこから本を選び、寄贈させていただきました。駅舎がアートやデザインに触れるきっかけの場所にもなればいいなと思います。

改修前(上)と改修後(下)の日南駅。写真下:提供パークデザイン株式会社

人が集まり、くつろぐことができる快適空間。暑さと虫対策の要望に応えエアコンも設置。写真提供:パークデザイン株式会社

家具、什器には、飫肥杉をふんだんに使用。

アートやデザイン関係の書籍を寄贈した本棚。

プロセスを可視化することで、共感を得られる空間を創造する

松本
今回のプロジェクトの骨子は、空間づくりに向けて「活動をデザインする」ということでした。アンケートの実施や地域住民と一緒に考えることでデザインプロセスを可視化し、日南市様や利用者の皆様と空間機能に対する合意形成を育むことで、共感を得られる空間づくりができたと思います。
最後に日南駅にいる宇都さんから、今後、このコミュニティスペースをどのように活用していきたいかをお聞かせいただきたいと思います。

宇都
オープン時にコロナ禍になってしまったので、あまり人を集めるということができていないのですが、このスペースを子どもの団体や高齢者の団体にお貸しして、様々なイベントを行うことを考えています。あとは市内の飲食関係の方と、例えば金曜の夜だけ飲食ができるイベントを開催するとか、カフェをオープンするとか、地域住民が気軽に集まれる場所になればいいなと考えています。今後、地元の事業者さんたちと実際の運営や収支のことも考慮しながら取り組んでいけたらと思っています。

松本
私にとってのソーシャルグッドは、デザインすることに特化して考えると、
空間やものづくり、ことづくりを専門家だけで行うのではなく、
ユーザーと一緒に考え、対話し、つくってゆく、その意思と行動だと思っています。

最後に、宇都さんにとっての、ソーシャルグッドとは?

宇都
私の考えるソーシャルグッドとは、「人と人のつながり」です。
物事の大小にかかわらず、その空間を使う人や地域に住んでいる人、行政、民間企業など多くの関係者が分け隔てなく対話をすることで、多くの人に喜んでもらえる取り組みに繋がると思っています。

乃村工藝社の日南駅実績はこちら


日南駅舎のプロジェクトは日南市のみなさまにご協力・ご参加頂きながら『空間をつくる過程をデザインする』ことで、地域の方が本当に必要とし、そして愛着を持てる場づくりにつながりました。コロナ禍が明けた暁には、賑わいの空間としてさらに進化した駅舎の姿を見られるのが楽しみです。(ノムログ編集部)

文:岩崎唱/写真:安田佑衣(イベント時)

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“空間と体験”を追求するチーム
プロの目線で“空間と体験”の可能性を切り取ります

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